Just








※原作のネタバレあり
※降谷視点




















その時は柄にもなくひどく参っていた。
仲の良い同僚の死。
勿論こういうことが起きるのは初めてではないし潜入するより遥か前から、この公安の仕事に就いた時から覚悟ができていた…つもりだった。
実際現実に起こればそれを冷静に受け止めるのは余りに残酷で、悲しく、辛かった。
無意識に車を走らせ安室透、もといバーボンとしての自宅に帰ってきたが玄関で座り込み、そこから電気もつけず一人何をするなくぼんやりしていた。
それでも薄暗い部屋の中、頭には友の血塗れの姿がこびりついて消えることはない。
揺すりながら冷たくなっていく体、ドロリとこびりつく大量の血液。
−−−そして憎き一人の長髪の男。


「…っくそ!!」


思わず床をダンっ!!と殴りつける。
そのまま拳を握りしめると手のひらに爪が食い込み傷を作っているのが感じれたが力を緩めることはできなかった。
こんなことをしても何もならないのに。
いつもは効率、結果を重んじる自身がどれだけ冷静さを失っているかが悔しい程理解できる。
ここにいても仕方がない、そう思い暗いままの自宅を後にし日の落ちかけている外へ出ることにした。

車のキーも玄関に座り込んだ際置いてきてしまったようで自分としては珍しい徒歩で付近を歩いてみた。
できれば誰かのいるところにいたくなくて、無意識に人のいないみちを選んで進むと小さな寂れた児童公園に着いた。
どこか心地よくもあり、寂しくもある。

数個の古びた遊具の散りばめられたそこの備え付けのベンチに座った。
普段子供たちなどで賑わうここはこの時刻独特の雰囲気に飲まれ姿を変えてしまい、今はこちらも飲み込まれてしまいそうな鬱蒼とした空気が取り囲む。

俺も全て、飲みこまれてしまえばいいのに。
そうすればこんな辛い思いはしない。

馬鹿な考えが頭をよぎりハッとする。
なんだ、今の自殺願望者のような消極的な思考は。
落ち着かなければ。
親しい人が死ぬことなどこれが初めてではないだろう。
任務を全うしなければ。
俺は、この国を守る大事な使命を請け負っているのだ。
いつもの仮面を取り戻さなければ。
安室透にならなければ。
バーボンをやりきらねば。

−−−今、降谷零はいらないのだ。


『……大丈夫ですか?』


鈴のような声が辺りの静寂を切り裂いた。
突然のことでいつものポーカーフェイスも忘れ、驚きをそのまま体現した顔を声の主に向けてしまう。
目の前にいたのは心配そうに眉を下げ大きな瞳でこちらを見つめる少女だった。
柔らかそうな黒髪を持った可愛らしいまだ学生であろう少女。


『ごめんなさい、突然…でも具合が悪そうだったのでつい…』

「っああ、いえ。大丈夫ですよ。すみません、ご心配させてしまったようで…ちょっと酔っていただけですので」

『良かった…ご気分は悪くないですか?』


目の前の少女はベンチに座る自分に視線を合わすためにしゃがんでこちらの様子を伺った。
意識を持ってよく見るとひどく綺麗な顔をしている。
そしてその顔は曇りなく本当に自分を心配してくれているようである。
嘘や作り笑いには鋭いので間違いはないであろうが、あまりにも純粋に心配してくれているので少しむず痒く感じてしまう。
そして少女はこちらの顔を暫く見ると、ほっと安心した柔らかな表情からまた眉を垂れさせ、優しく自分の座るベンチの横に何かを置いた。
何を置いたのかと疑問に思い見てみると、それは清潔な白のハンカチに包まれたミネラルウォーターだった。


『じゃあ私行きますね、あ。よければこれ飲んで下さい。そこの自販機で買った新品なので綺麗ですよ』

「え、それは流石に申し訳ないですよ」

『いえ、まだ顔色も悪いようですし遠慮なさらないでください。入り用でないのなら捨てて下さって構いませんので…あ、ごめんなさいっ。私そろそろ失礼します!』

「っ、ちょっ、待ってください!」


彼女は自分の腕時計を見るという慌てたように立ち上がってささっと去ろうとしてしまう。
だが、見ず知らずの他人にここまで手を焼いてもらってしまって申し訳なく思い呼び止めるが彼女は一度止まって頭を下げると直ぐ走って行ってしまった。

一人残されたあと手元の水を見るとよくよく考えればペットボトルの側面に浮き出る水滴を拭うために巻かれた少女のハンカチが付けられたままだ。
しまった、と思いながらもそのハンカチを取ると端に小さく刺繍がしてあった。


「“真広”…」


おそらく、少女の名なのだろう。
そのハンカチを見ながら耽っていると公安、降谷零の方の携帯への着信が振動で伝わってきた。


「もしもし、風見か。…あぁ、今からそっちへ向かう。…大丈夫だ、心配するな。じゃあな」


連絡してきた部下は自分と仲の良かった同僚の死を知ってか気まずそうに声を発した。
そして上層部が呼んでいると。
最後に心配そうな声音で気遣われたが行かなければならないのは変わらない。

通話を切った後、降谷は少女のハンカチをポケットへ丁寧にしまい、新品のキャップを開けて貰った水を飲んだ。
そういえば、ずっと何も口にしていなかったため体はかなり水分を欲していたようだ。
中身を一気に半分ぐらいまで飲むとキャップを閉め、車のキーを取りに行くため自宅へ向かう。

なぜか幾分、気分は軽くなっていた。







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