グレイゾーン23
荒ぶるサイヤ人の気が一つ、また一つと消えていく。そしてほんの少し前まで感じ取れたベジータの気さえ、炎が風に吹かれたように呆気なく消えていった。
悟空は重い足を引き上げ、空を飛ぶ。ゆっくりと戦場に近付いていくと、その光景は悟空が今まで見たことのないほど凄惨なものだった。死に絶えたサイヤ人がそこら中に放置され、足の踏み場もないほど積み重なる。歴戦の戦士たちでさえあっさり殺され、それは男女、年齢問わなかった。腹に穴をあけられたまま転がるサイヤ人たちは、およそ人間らしさなんて尊重されることはなく、フリーザ軍の足場になっていた。
あまりに惨い光景に、悟空は気分が悪くなる。だが決して目を逸らすことはなかった。フリーザ軍の残虐行為は、在りし日のサイヤ人だ。他所の星を侵略し、暴力でねじ伏せるというのはこういうことなのだ。サイヤ人が今まで行ってきた行為がすべて己に返ってきている。
ベジータが常々言っていた、弱肉強食の世界。悟空は理解しがたいが、サイヤ人としては正しい最後なのかもしれない。
「やめろおめえら‼」
それは己の思考とは反し、ついて出た言葉だった。
悟空は悟空の意思でサイヤ人を助ける。残虐な行為を黙って見過ごすことなんてできなかった。それがたとえサイヤ人のプライドを踏みにじり、アイデンティティを破壊する行為だとしても、悟空の知ったことではない。悟空は己をサイヤ人であり、地球人であると思う。自分の在り方はそれでいいと思った。
悟空の叫びに軍のトップであるフリーザが目を見張る。悟空の存在に気付いて、興味深そうに見つめていた。
「あら、あなた。サイヤ人ですか?」
「そうだ」
「……それにしては、なんだか変ですね」
「オラは地球で育ったサイヤ人だ」
ふうん、とフリーザは物珍しそうな顔をした。噂に聞いていた人物を前に、フリーザは観察するように見つめている。
「それで、地球育ちのサイヤ人が何の用ですか」
「もうこんなことはやめろ」
「こんなことって?」
「もう誰も殺すな。おしめえだ、こんなこと」
ホホホ、とフリーザは上品に笑う。ご冗談を。
「冗談なんかじゃねえ。もういいだろ。これ以上やったって、なんも意味なんてねえ」
「意味ならありますよ。猿どもに生きていられると、私のお仕事の邪魔なんですよ。これを機会に一掃して、この星をどこかに売ろうと思うんです。ま、こんな星、二束三文にしかなりませんけどね」
「おめえら、ずっと一緒にやってきたんだろう」
「ええ、そうですね。でももうお猿さん達に用はないんです。……あなたもあんまりしつこいと、殺してしまいますよ」
愉快そうにしていたフリーザは一転し、冷たい眼差しを悟空に向ける。殺気の帯びたその視線に、覚悟を決めた悟空でさえ冷や汗を掻いた。
恐怖を覚えないわけではない。しかしたとえ殺されようとも、悟空はこのまま黙って見過ごすことはできなかった。
じろりと睨み合う二人。圧倒的な力の差の前で、悟空は先に仕掛ける余裕はなかった。じりじりと見合いながら、どうすればフリーザに勝てるのかと策を練る。
「フリーザ‼」
二人の横から、子供の叫び声がした。立派な戦闘服を着ているので、既に何度か戦場に立ったことのある、生まれつき戦闘力が高い子供なのだろう。相手をしていたフリーザ軍の一味を倒し、本丸であるフリーザに特攻しにきたようだった。
その子供は即座に気弾を放った。フリーザはそれを軽々躱すと、指先を伸ばして子供に向ける。先端から放たれた小さな気弾は目で追えぬほどのスピードで子供の心臓を貫いた後、その体ははじけるように飛び散った。
「これだからお猿さんは嫌いなんですよ」
フリーザは眉を顰め、溜息を吐く。心底うんざりした様子だった。悟空はそこにいたはずの子供の場所を見つめて呆然とする。跡形もなくなった子供の残像が、悟空の頭の中から消えなかった。
悟空は絶句したまま俯く。体がぶるぶると震えはじめ、それは自分でも感じたことないほどの怒りのせいだと気付く。自分の中に渦巻く怒りが燃え滾るように感情を昂らせ、悟空は冷静でいられなくなる自分を必死に抑えようとしていた。だが抑えこもうとしても、溢れでる怒りが止められない。
「フリーザッ!!!」
悟空の足元から黄金の光が漂い、その身に纏う。それは絶えず放たれ、悟空の身を燃やすように包んでいた。悟空の髪の毛が突然逆立つと、黒かった髪の毛が一瞬で金色に変わる。柔らかな瞳が鋭くなり、瞳の色までも変化して、それは碧色に輝いていた。
フリーザは見慣れぬサイヤ人の変身に目を疑う。何が起こったのかと戸惑うようだった。
悟空は一瞬で飛び上がり、フリーザの目の前に立つ。終わりにしろ、と低い声で忠告した。
「なんですかあなた。見た目が変わっただけで、そんなに強気になって」
フリーザは悟空を消し飛ばそうと構える。しかし悟空は構えたフリーザの手を掴んでそれを静止した。
「いい加減にしろフリーザ。軍を引き上げて自分の星に帰れ。もう二度とこんなことをするな」
フリーザは悟空に掴まれた腕を外そうと力をこめるがびくともしない。ギリギリと唇をかみしめ、偉そうな態度のサイヤ人に苛立った。
「うるさいですね! あなたこそ消えてしまいなさいッ!」
フリーザは空いていた手を咄嗟に構え、瞬間的に気弾を放つ。超至近距離での放弾に、悟空は一瞬驚いたが、それを超えるスピードで身をかわし、放たれた気弾は着弾しなかった。
悟空はフリーザと距離をとり、対峙する。本当にやめねえんだな、と再びフリーザに尋ねた。
「一体何ですか? サイヤ人達も同じことをしていたでしょう。私はダメだというんですか?」
「違う。こんなことは誰もしちゃいけねえ」
でもあなた、サイヤ人がしていたことを止めなかったんでしょう。
フリーザは核心をついた。悟空がこの星に住み続けていたことがその証拠である。悟空は喉が急に締まり、声が出なかった。言い淀むのは事実だからだ。
「オレが弱かったからだ」
悟空は声を振り絞る。思わず握りしめた拳に力が入った。悔しさを滲ませながら、後悔してもしょうがないことだと言い聞かせる。
……でも、もう終わりにする。悟空の二言目ははっきりとしていた。
フリーザはピクリと眉を震わせる。悟空の一言が、フリーザの癇に障った。
「あなたが、私より強いというのですか?」
悟空は黙って頷いた。
フリーザは高笑いをした後、怒りに満ちて体を震わせた。生意気な口を利く悟空に我慢ならなかった。サイヤ人ごときが自分より強いなどというおふざけを、フリーザは決して許さなかった。
しかしフリーザが本気を出しても、悟空には敵わなかった。振りかざした拳は止められ、放った気弾はすべて避けられる。それどころか、気弾が被弾しても悟空は全く表情を変えず、フリーザを一方的に打ちのめした。
二人の戦いを見ていたフリーザ軍は固まっていた。宇宙最強のフリーザ様が、たった一人のサイヤ人に一方的にやられるなど、まったく信じられないことだった。悟空の強さの前に、軍の一味が行っていた略奪行為が自然に止まった。フリーザ軍は二人の戦いを呆然と見上げていた。
フリーザは悟空と戦いの中で、到底力が及ばないことを察した。どれほど手を尽くしても、悟空にはまともなダメージにもならなかった。
フリーザはその事実が許せなかった。奇妙な育ちとはいえ、サイヤ人はサイヤ人である。宇宙最強の自分が、たかが猿一匹倒せないなど、決して認められることじゃない。
フリーザは雄叫びを上げた。自暴自棄になる己を奮い立たせる叫びだった。
「死ぬのはきさまだ」
「っ……!」
フリーザはそう告げると、巨大な気弾を作り上げ、突如地面に向かってそれを放った。星ごと消し飛べは、サイヤ人達は宇宙空間で生き残ることができない。悟空はフリーザの投げる気弾を相殺しようと気を貯めたが、落下スピードに間に合わず、着弾した。
フリーザの放った気弾は地面に巨大な穴をあけ、多くのサイヤ人の死体と共に、近くにいたフリーザ軍が巻き込まれて死んでいった。しかし星は破壊されなかった。フリーザは、己が星の爆発に巻き込まれることを恐れ、加減しすぎてしまったらしい。
「ほっとしているようですが、あなたももうおしまいです。この星は五分もせず、爆発するのですからね」
フリーザの言葉に状況を理解したフリーザ軍が慌てふためく。宇宙空間で生き残ることができないのは、フリーザの部下も同じだった。
フリーザは悟空を見つめると、満足そうに高笑いする。あなたのいうように、引き上げてやりましょう。
「そしてあなたはこの星に残って、最後を見届けるんですね」
フリーザはそういうと、己が乗ってきた宇宙船へと戻っていった。
悟空は乗り遅れないようにと必死に宇宙船へと戻るフリーザ軍を見ながら、己もまた生き残らなければならないと思った。建物は破壊され、金品が奪われたこの星では、自分が生き残るための宇宙船は残っていないだろう。しかし一抹の望みをかけて、悟空は空を飛び回る。王宮なら何か残っているかもしれないと行ってみるが、すべては瓦礫の下で、荒れ果てた景色が残るだけだった。
悟空はハッとして、自分が不時着した棟に向かう。古い建物だったため、悟空が不時着時に破壊したまま、修復が放置された場所だった。元から破壊されていたためか、フリーザ軍の狙いからはずれていたようで、そこは悟空が知る様子と殆ど変わりがなかった。だが一方で、乗ってきた宇宙船が今も使えるかどうかわからない。
悟空が中を確認すると、その宇宙船は清掃され、メンテナンスも済んでいた。ベジータが直してくれたのだろうか。
「これなら帰れる……!」
悟空は地球を目指し、惑星ベジータを飛び立った。悟空が星を離れて間もなく、巨大な爆発音とともに、惑星ベジータは消し飛んだ。
2020/12/06