グレイゾーン25


ベジータは意識を取り戻すと、痛めつけられたはずの体に傷一つないことに気が付く。周囲に倒れていたサイヤ人も次々と目覚め、同じようにその身に起きたことが理解できないでいた。破壊されたはずの建物はすべて元に戻り、焼き払われたはずの森が生い茂る。しかしフリーザ軍と戦争になったことが夢とは思えず、その場にいたサイヤ人すべてが、この場所がこの世の場所ではない、別のところではないかと錯覚していた。
「気が付いたか」
不意に背後から聞きなれた声がして、ベジータは振り返る。山吹色の道着を身に着けた悟空があっけらかんとして立っていた。何やら事情を知る様子の悟空をベジータが訝しむ。
「どういうことだ」
「ドラゴンボールで生き返らせてもらった」
それは初めて聞く言葉だった。ベジータの知らない、悟空お得意の地球にある力のことだろうか。
「ドラゴンボール? なんだそれは」
「なんでも願いを叶えてくれる不思議な珠だ。みんなを生き返らせて、街も元に戻してもらった」
ベジータは驚き、一瞬目を丸くしたが、ふと遠征先で聞いた噂話を思い出した。悟空のドラゴンボールはナメック星人のもつ不思議な力の話とよく似ていて、どうやら地球にも同様の力があるらしい。
ベジータは悟空の話に納得した後、表情を変えた。いつもの険しい顔をしながらも、ベジータの声はどこか遠慮していた。
……よかったのか。ベジータが静かに呟く。
「きさまはサイヤ人を憎んでいただろう」
悟空は何のことだと目をぱちぱちさせる。サイヤ人を憎んだ覚えはない。だが少しして、ベジータは悟空が譲れなかった信念のことを言っているのだと思った。
「……人を殺したりとか、そういうのはいけねえよ」
悟空はすっかり元通りになった街を見渡していう。
「でも、死ぬことはねえだろ」
悟空はそういって優しく微笑んだ。
悟空を見つめていたベジータは、悟空の視線の先にあるものに向かって顔を向ける。そこには少しずつ立ち上がるサイヤ人が見えた。生きていることに喜び、抱き合う人々を見ながら、ベジータはずっと黙っていた。
「カカロット、きさま、スーパーサイヤ人になったのか」
ベジータは人々を見つめたままいう。悟空はスーパーサイヤ人が何のことだかわからなかった。
ベジータはキョトンとする悟空に、悟空の髪とその身が黄金に輝いた、あの不思議な出来事のことだといった。
「ああ、あの。オラが金髪になったやつか。ベジータ見てたんか」
「オレはあの時気を失っていた。だが、強い光の眩しさと、突然現れた巨大な気で起こされたんだ」
スーパーサイヤ人とはサイヤ人に伝わる伝説である。それはお伽話でありながら、サイヤ人の中に刻まれた英雄の像である。
悟空はそんなこととは露知らず暢気なものである。スーパーサイヤ人になれることがどれほどすごいことなのか、馴染みのない悟空にはほとんど理解できていない。
ベジータはそんな悟空を見て舌打ちをした。しかしどこか気の抜けた悟空の姿を悪くないとも思った。
「約束だからな」
「へ?」
「遠征はやめにする。他の星への侵攻もなしだ。フリーザのやろうと切れたところだ、ちょうどいいだろう」
「え? でも、オラとベジータ、戦ってねえよな……?」
「オレはスーパーサイヤ人になれん。今のオレでは、スーパーサイヤ人のきさまには勝てんだろう」
悔しいがな。ベジータはそう言いながら、どこかふっ切れたように柔らかな表情を浮かべていた。
悟空はベジータに呼応するようににこりと笑う。もうこの星は大丈夫だと確信していた。
「オラも、帰っかなあ!」
悟空はそういって体を伸ばす。残虐なサイヤ人はもういない。肩の荷が下りた悟空は、本来の目的である旅の再開を目指す。
しかし隣にいるベジータは不服そうな顔をした。何もすぐ、というわけでもないんだろう。
「いや、オラすぐ出るよ。ここにいても甘えちまうしな」
「……何で出るつもりだ? ここにはドラゴンボールとやらでお願いして来たんだろう。宇宙船はあるのか?」
「あ!」
惑星ベジータに早く戻りたいあまり、悟空は地球に帰る方法を考えていなかった。ハハハ、と苦し紛れに笑いながら、悟空はベジータの持っている宇宙船を分けてくれるように頼む。
しかしベジータは嫌だ、といって悟空の願いを断った。
「なんで!?」
「宇宙船を配慮する約束はしていない」
ケチ! 悟空はむくれていう。惑星ベジータなんて、やっぱり助けないほうがよかったのか?
悟空が文句を言っていると、ベジータは恥ずかしそうに呟いた。
ここにいたらいいだろう。ベジータの顔は赤かった。
「オラ、地球のみんなになんも言ってねえんだよ」
ベジータは寂しそうにする悟空を見て心が痛む。いつの間にか絆されている自分に気付き、地球人の甘えがうつってしまったんだと思った。
結局、ベジータは悟空の願いを聞き入れる。
宇宙船を用意しよう。だが、なるべくこの星にいるようにと言った。修行がしたいというなら、宇宙の中でも有数の戦闘民族であるサイヤ人より強い奴なんてそうそういないのだから、目的だって達成できるはずだ。
ベジータが説得するように言葉を続けていると、そうだなあ、と悟空が首をかしげる。
「んー、じゃあ、いっか。オラ、スーパーサイヤ人になったけど、またなれるかもわかんねえし。サイヤ人といるほうがいい修行になるかもしんねえ」
でもオラ、家も持ってねえぞ。
悟空は激しい戦いの最中、ホイポイカプセルをどこかで落としてしまったようだった。
ベジータはフフンと得意げに笑った後、一段と顔を染める。照れ臭い気持ちを隠すように軽く咳払いをしたあと、オレが用意してやる、と堂々宣言した。
宇宙船も寝床も確保できたとなれば、悟空は自由だ。自分の都合で修行をしたり、たまに地球に戻って美味しいご飯を食べたりすれば、いいことづくめに違いない。悟空がこの先の修行ライフを妄想し、ニコニコとしていると、隣にいるベジータが恥ずかしそうににやりと笑った。
「後宮が空いていてな。カカロット、そこに住め」
それはベジータなりのプロポーズだった。
おう! 悟空は調子よく返事をする。後宮が何だかわからない悟空には全く伝わっていなかった。広くていいぞ、とベジータがいうので、悟空はますます喜んだ。
「サンキュー! ベジータ!」
悟空は礼を言ったあと、続けざまに嬉しい、と気持ちを伝えた。ホイポイカプセルでの生活が長引くと、食事が飽きてしょうがなかったのだ。王宮に住むことができたら、きっと毎日美味い食事が食べられるに違いない。悟空は勘違いをしたまま浮足立っていた。
一方ベジータはすっかり気持ちが伝わったのだと思い、気恥ずかしそうに顔を背けた。二人が作る新しい惑星ベジータは、まだまだ前途多難であった。


2020/12/13