理屈じゃない2
バランスを崩して倒れた父に、燈矢は伺うように顔を近付ける。燈矢は父の顔をじっと見つめていたが、炎司は視線があっていないような不思議な感覚がした。
「オレ、お父さんじゃねえとヌけねえんだ」
燈矢は片腕を地面につき、背中を丸める。燈矢の体は押し倒したように父を覆い、その視線は変わらず父に注がれていた。奇妙な緊張感が漂い、炎司はごくりと息を飲む。
燈矢は父の白いシャツの上にそっと手のひらを乗せた。鍛えられた大胸筋をゆっくりと撫でると、互いの熱で温められ、燈矢が撫でた場所がしっとりと濡れる。内側から燃える熱によって、父の立派な肉体がほんのり赤く染まるので、炎司の肌は白いシャツから透けて見えていた。
決して力で抑えつけられているわけではないのに、炎司はその状態から動けなかった。燈矢の視線で体を地面に釘付けにされたような気分だった。
「懐かしいな」
どこか遠くを見るような表情を浮かべたまま燈矢がいう。二人がいるのは、地下にある、炎司が作ったトレーニングルームだった。そこはいくら暴れても大丈夫なほどの広さと、体を鍛えるための様々なトレーニングマシンが並んでいた。炎司は自宅でも鍛錬を怠らず、幼い頃の燈矢はそんな父の真似をして、このトレーニングルームによく遊びに来ていた。燈矢の個性が強く出るようになって、炎司が遊び相手をしなくなった頃には、燈矢がこの場所を訪れることはなくなった。
板張りの床は冷たかったが、炎熱系の個性を持つ二人にはそんなのは関係なかった。二人の熱がジワリと床に広がり、寒さどころか、ほんのりと汗を掻くほどに暑い。だがそれはただの熱ゆえだろうか。炎司は確かに暑いと思うのに、背中を流れる汗がどこかゾクゾクと寒かった。
「……そうだな」
燈矢と見つめ合ったまま硬直状態が続いていた。炎司は燈矢が自分に語り掛けているわけではないと思ったが、いたたまれない空気に耐えれず、当たり障りのない相槌をする。しかしその行動が裏目に出たのか、ずっと無表情だった燈矢の顔が曇った。
お前はいつもそれだ。燈矢は父を心底軽蔑するように睨みつける。
「俺に興味ないんだろ。焦凍は可愛いもんなァ」
燈矢は薄らと笑い、炎司はそんな息子を気味が悪いと思った。燈矢はへらへらと笑ったまま、父の体をするりと撫でる。炎司の体は硬直し、思考がうまくまとまらない。
「寂しい思いをさせて悪かった。……みんな大事な家族だ」
炎司の心臓はバクバクと大きく振動していた。呼吸をするのも苦しいほどだったが、炎司は絞り出すように言葉を吐いた。燈矢の機嫌を損ねないように、炎司は慎重に言葉を選んだ。それはまるで凶悪な犯罪者を説得することに似ていた。
「もうそんな言葉で満足できる歳じゃなくなっちまったんだよ」
燈矢の妖しい笑みは消え、その声には諦めのようなものが混じっていた。
炎司の視界の端には、燈矢の股座が不自然に盛り上がる様子が映っていた。
2021/03/23