理屈じゃない4
家族に秘密の数ヵ月を過ごした後、燈矢は突然家を出ていった。行き先もわからず、半ば家出同然で飛び出した兄を思い、家族は悲しみに暮れていた。ついには連絡もつかなくなって、心配した家族から捜索願を出そうという提案がでた。だが炎司は警察官をしていたため、家族の揉め事を職場に知られるのを嫌がった。自分が何とか捜し出すと宣言し、炎司は時間ができるたびに燈矢の行方を捜しまわった。
燈矢が家を出て数日、元気に暮らしていると一通の便りが届いた。家族は安堵し、いつか帰ってくる兄をゆっくりと待つことになった。一方、燈矢の便りが届いてからも、炎司の捜索は続けられていた。
燈矢を捜索して三ヵ月、ついに炎司はとあるライブハウスの前に立つ。燈矢は目立つ火傷を負っていて、それによく似た風貌の男が、最近ここで働いているとの噂を突き止めた。
炎司はライブハウスの営業が終了するまで近くの喫茶店で時間を潰し、燈矢であろう人物が出てくるのをひたすら待った。
時刻は二十三時、黒いボディバッグを付けた男が裏口から出てきた。遠くでも一目でわかる、息子の燈矢だった。
炎司はすぐさまカフェを出て、その姿を追った。街中を走ってその姿を捕まえると、振り返った燈矢が目を丸くしていた。炎司はホッとして、大きく肩を揺らしながら息を整える。決して逃がしはしないと、掴んだ腕は放さなかった。
「なんだよ」
「なんだよじゃ……ないだろう……」
急に走って乱れた息はなかなか戻らない。前線で活躍していたのは昔の話で、日々体を鍛えていても、炎司は体の衰えを感じていた。
「心配すんなって連絡したろ」
「あんなのじゃ……連絡とはいわん……」
燈矢は呆れたように溜息を吐く。わかったから、放せよ。逃げねえから。
炎司は一瞬迷ったが、燈矢の言葉を信じてその腕を解放する。イテェなあ、と燈矢は大袈裟に腕を撫でた。
「あのさ、俺明日も仕事あんだけど。とりあえず家帰らしてよ」
燈矢は空中を指差し、炎司はその先を見つめる。街灯にまぎれた時計台で現在時刻を思い出して、すまない、と小さく謝罪した。
炎司は燈矢の後ろをついていき、二人は燈矢の住んでいる家へ向かった。ライブハウスから五分もせずに着く小さなアパートだった。燈矢は家を出るため、住み込みで働ける場所を探していたところ、このライブハウスに行きついた。今はローディーという裏方の仕事をしているといわれたが、炎司にはピンとこなかった。アパートはライブハウスの寮であり、かなり安い家賃で住むことができるという。その代わりとても古い建物で、五畳半の木造アパートは隙間風も多かった。
燈矢が音楽好きだったとは知らなかった炎司は、息子に対する無知を恥じ、謝罪した。燈矢が父の発想を理解できずにいると、「ライブハウスで働いているから」と炎司が答える。燈矢は目から鱗が落ちた後、大きく笑った。炎司は笑われる意味が理解出来ずに戸惑っていた。
俺、仕事受かんねえんだよ。燈矢は笑っていった。燈矢が幼い頃に負った火傷が原因で、軒並み断られてしまうらしい。今のライブハウスは容姿に制限はなく、みな自由に髪型を楽しんだり、タトゥーを入れたりしていた。だから燈矢はここで働いているのだ。特別音楽が好きだから、という理由ではない。
炎司は絶句していた。燈矢の火傷は、幼い頃二人で個性を使って遊んでいたことに起因する。炎司はまた謝罪して、その身を小さくした。
燈矢はまた笑っていた。父親ぶって息子の居場所を突き止め、顔を出したと思えば、すっかりその立場を失くしている父を、ああ、何も変わってないんだと、それは呆れにも似た笑いだった。
“燈矢に会ったら、定期的に家に連絡を入れると約束させる”
炎司はそう息巻いていたが、燈矢を前に何も言えなかった。時刻は日付を回ろうとしていて、このままでは燈矢の明日の仕事にまで影響を与えてしまう。父らしく、息子を正しい道へ導こうと思っていたのに、ここにきて炎司は、息子に迷惑ばかりかけている己が情けなくてならなかった。
炎司は財布から幾ばくかの金を取り出し、燈矢に渡した。生活費にしろと言って握らせると、炎司はゆっくりと立ち上がった。今の炎司ができることはそれくらいしかなく、これ以上迷惑をかけるわけにもいかなかった。
「また来る」
炎司はそう言って身支度を整え、燈矢の家を後にする。せめて、それだけは許して欲しくて、炎司はなかなか向き合えなかった顔を燈矢に向けた。
燈矢はにっこりと笑って、またな、と言った。建付けの悪いドアがガタガタと音を立てて閉まり、炎司は重い足取りで帰路を辿った。
2021/03/23