理屈じゃない6
木造アパートの二階、角の部屋が燈矢の住まいである。燈矢が住み始めた頃は一階に住人がいたが、間もなく退去し、今は燈矢だけが住んでいる。アパートが建てられたのはライブハウスが出来た時と同じ年で、その当時は社員が住む寮であったが、アパートが古びていくにつれ、そこは住み込みで働くアルバイト用のアパートへと変わっていった。
燈矢は布団と冷蔵庫だけがある小さな部屋で、炎司からの差し入れを広げる。まな板や包丁など、自炊に必要なものが一切なかったので、手で開けてすぐに食べられるもの以外は、部屋の隅に山積みされていた。
肉厚のハムなどのカロリーの高い食べ物ばかりで少し味に飽きつつも、金銭的に余裕のない燈矢は文句一つ溢さずにそれをたいらげる。
燈矢は幼い頃、父にとても懐いていた。何をするにも父と一緒がいいとごねて、仕事で父親がいない時はよく母親を困らせていた。
燈矢は四人兄弟の長男だ。子供が産まれるたびに、自分より幼い兄弟たちが優先されることを納得できるほど、轟家の兄弟たちに歳の差はない。
冬美が生まれた時は、女ということで我慢が出来た。自分より小さな体と、大人しい性格。父にじゃれつく燈矢を、冬美は母と共に遠巻きで見ていた。
夏雄が生まれた時は、燈矢はある程度個性のコントロールが出来るようになっていた。父譲りの炎の個性は燈矢の自慢で、それは父よりも火力の高い青色に揺らめく。冬美や夏雄は活発な兄を慕い、父に負けぬほどの才能に溢れた兄を尊敬していた。
燈矢の感情が狂い始めたのは、末っ子の焦凍が生まれてからだ。焦凍は父にも母にも似た髪色を持って生まれてきた。燈矢はその時既に胸がざわつく感じがしていて、後にその予感は的中する。
そもそも弟たちというのは、燈矢にとって大好きな父を奪う存在でしかない。自分より弱い生き物だからという理由で大事にされている弟たちの存在は、燈矢には理解し難かった。なぜなら大好きな父が、自分の持つ優れた個性を褒めるからだ。父が世界のすべてだった燈矢は、強さこそ尊ばれるべきものだと信じていた。
燈矢は無条件に愛される弟たちに不満を持っていたが、父が自分の個性が一番だと褒めてくれるのでそれを許すことができた。自分より劣る個性を持つ弟たちを、燈矢はどこか憐れんでみていたのだ。
しかし末っ子の焦凍が成長し、その個性が発覚すると、父の興味が焦凍へ移っていくのを燈矢ははっきりと感じていた。父と母の個性を両方備えた焦凍は、父が長年描いていた理想の姿だった。
そして、個性を伸ばし続けた燈矢の蒼炎が、己の身を焼く危険性を孕むものだと発覚するのは、ほぼ同時であった。息子の身を案じた父は、燈矢が個性を使うことを禁じた。それは自分の個性が父の愛の拠り所であった燈矢にとって、存在価値の否定と同義であった。
活発だった燈矢は日に日に大人しくなった。父の言いつけを守り、全くといっていいほど個性を使用しなくなった。
だが燈矢は諦められなかった。また父に褒めて欲しくて、家族が見ていないところで己の個性を伸ばし続けた。父に教わったことを反復し、身が焼ける痛みも我慢した。しかし成長期に差し掛かり、体が大きくなるのと同時に、個性は燈矢の想像を超え、急激に伸びていった。燈矢は己の成長スピードの早さに気付かず、ついには己の炎で身を焼いた。数日前の特訓とは比べ物にならないほどの火力は炎を噴き上げ、燈矢の蒼炎は全身に燃え移った。家族が気付いた頃には大火傷を負い、燈矢は今も痕が残るほどの怪我を負った。
炎司は言いつけを守らなかった燈矢を叱った。ますます見向きもしなくなり、燈矢は見る影もないほど大人しい子供になった。
あの時、たとえ嘘でも、お前たちが大事だと父が声を掛けていたなら。そんなありえもしない事を妄想しては、燈矢に笑いが込み上げる。燈矢はそうして、自我の崩壊に気付かぬまま、中学へと進学していった。
2021/03/23