理屈じゃない9


ニタニタと笑う燈矢を前に、炎司は凍り付いていた。
「俺ら以外に誰もいねえ。声を我慢する必要もねえぞ」
燈矢は下半身を露にしても堂々とした態度を崩さない。炎司は目の前の現実から逃げるように顔を背け、しまいなさいと苦い顔をして言った。
「力になりたいって言い出したのはお父さんだろ? 都合のいいこと言ってんじゃねえ」
燈矢は正座した膝の上に置いていた父の握りこぶしを手に取ると、ぐいと前に引っ張って己の股間を触らせた。
「俺は疲れてんだよ。チンコ扱く力も残ってねえんだ。お父さんがやってくれるよなあ?」
炎司は俯いていた。古びた畳と目があった。蛍光灯の光は己と息子の二つの影を作り、息子の影は喋る度にゆらりと揺れていた。
燈矢に引かれた炎司の手は、息子の股間の上に乗せられていた。薄い皮膚ごしの暖かさが生々しく、炎司は緊張でどっと汗を噴き出した。
炎司が力強く握っていた拳は燈矢の両手できれいに解かれると、分厚い手のひらが再び生肉を触る。拳を解かれた炎司の手は表面積が広くて、息子のペニスを大きさまで感じ取る。またつうっと汗が背中を通り、炎司はとても恐ろしい怪物を前にしたように怯えていた。
燈矢は炎司の手を玩具のように扱った。炎司の手に炎司の意思はなく、燈矢の思いのままに動き、燈矢の体を慰める。
意思のない無機物のような父に飽きた燈矢は、俯いて地蔵のように動かなくなっている父を叱責する。俺がしてたの、見てただろ。
微動だにしなかった炎司がピクリと揺れる。思い出したくない事実だった。家族に隠し、炎司は燈矢の自慰の相手をしていた。肉人形のよう体を触られながら、炎司は目の前にいる息子のあられもない姿を最初から最後まで眺めていた。
炎司はそんな息子の姿なんて見たくなかった。燈矢にせがまれ、仕方なく見ていた。あくる日もあくる日も息子の相手をして、その姿を忘れられるわけがない。
「やっぱ覚えてんじゃん」
何も分からない振りをしていたくても、些細なところで綻びが出る。燈矢は動揺する炎司を見逃さず、再びぐいと腕を引っ張った。自分の気配を消していた炎司に、燈矢へ抵抗する力はなく、よろけるように燈矢の体の上に倒れこんだ。
崩れた体勢から炎司が身を起こすと、逃げていた視線に捕まった。じいと覗きこむ燈矢と目が合うと、炎司は無機物ではいられなくなった。
「もう手はいいや」
燈矢は飽きた玩具を投げるように軽い口調でいうと、炎司の頭に手を乗せ、抑えつけるように力をかけた。
「え、えっ、」
「俺は暇じゃねえの。早くしろ」
炎司の視界は薄暗かった。顔面を燈矢の股間に埋められ、鼻に生暖かい肉がぶつかった。
炎司は精一杯それを舐めた。言われたとおりにしゃぶって、手で扱いた。燈矢の不満そうな声が上から降ってきて、炎司はそのたびに必死になった。
真夏の気温は上がったまま、夜が深くなっても気温は下がらない。エアコンもない部屋はひたすら暑く、緊張していた炎司は己の個性のコントロールも失っていた。
どんどん体温が上昇し、呼吸もままならなくなると、頭がぼうっとして意識が朦朧とする。倒れそうになりながらも、炎司は燈矢が満足するまではやめることはできないと思った。
燈矢はグラグラと揺れる父の頭を見ながら、だんだんとぶつけた文句に対する反応が薄くなっていることに気付く。燈矢はこのエアコンのない部屋に慣れているが、いつも空調のきいたきれいな場所にしかいない炎司が、この環境に耐えられるわけがないのは当然だった。
燈矢は部屋に置いていた一人暮らし用のミニ冷蔵庫を開けると、中から五○○ミリのペットボトルを取り出す。おもむろにキャップを捻ったかと思うと、燈矢はそれを炎司の頭の上にぶちまけた。
突然水をぶっかけられた炎司は頭が真っ白になった。息子のためにと必死にペニスを咥えた父を、こうも侮辱されるとは思わない。
それでも炎司は怒鳴り声を上げられなかった。息子から失った信頼を取り戻すことが何よりも大切だったのだ。
炎司は燈矢にありがとうと言って欲しかった。燈矢の生活が楽になるように、困っていることがあれば力になりたかった。しかし試行錯誤した炎司が何をしても燈矢には響かなかった。何を訴えても暖簾に腕押しで、燈矢にとって、もう父の存在は必要ないのかもしれないと何度も思った。
そんな燈矢が、たとえどんなことでも父を求めるなら答えてあげたいと炎司は思う。時に筆舌しがたい行為を求められても、それがいつかいい思い出になると炎司は信じていた。
「涼しくなったろ」
燈矢の言葉に炎司はハッとする。停止した思考がいつの間にか動き出していた。
炎司は怒られない程度に顔を上げ、燈矢の顔を覗き見る。自分にぶちまけた水でゴクリと喉を潤す姿が見えた。
炎司に浴びせられた水は、炎司の高い体温によってすでに気化し、周囲は濡れてさえもいなかった。


2021/07/15