理屈じゃない11


マメな連絡を拒否する燈矢に、炎司は無理矢理スマートフォンを渡している。正確には炎司が燈矢用に契約したものを家に置いてきただけで、そのスマートフォンはただの一度も使われていない。
炎司のライン履歴に、ある日燈矢から連絡が入るようになった。アイコンも名前も初期設定のままで、素っ気ない連絡だったが、炎司は飛び上がるほど嬉しかった。また来いとの短い言葉に、炎司は善は急げと日程を詰める。燈矢の気が変わらないうちにと急ぎながら、何か欲しいものはないかと追撃のラインを送ったが、会う日程を決めたところで、燈矢からの連絡は途絶えた。
家に着くと燈矢はよぉ! と朗らかに迎える。以前とは明らかに態度が変わっていて、炎司の顔が綻ぶ。燈矢が急変したきっかけはわからないが、何はともあれほっとした。
「またしようぜ」
ニマ、とイタズラっぽく笑う息子の顔に炎司は背筋が凍る。意味が分からないととぼけたかったが、それで切り抜けられるわけがない。
それから、炎司はたびたび燈矢に呼び出されるようになった。炎司は燈矢のどんな求めにも応じて、忙しくてもなんとか時間を作って会いに行った。気の進まない足取りに、何度投げ出したいと思ったか分からない。だがそれに答えることが炎司の考えた愛情だった。実際、炎司の努力が実ってか、少しずつ燈矢との関係か深くなっているような気がした。呼び出される回数が増える度、炎司は自然と燈矢がどんな生活を送っているかを知ることができた。生活リズムがわかると、燈矢が何を基準に行動しているかも少しずつわかるようになった。仕事は時間も休みも不定期だとか、夜勤明けはムラムラしやすいとか、あまりに疲れていると炎司が来るのを待たずに寝てしまうとか、炎司にとってはそういう些細なことでも息子のことを知ることができるのが嬉しかった。
「決めたから」
燈矢はポイと捨てるように炎司に一枚のチラシを渡した。唐突な知らせに驚きながら、炎司は渡されたチラシを凝視する。ここから二つ隣の大きな駅に出来た、新築のタワーマンションの入居者募集広告だった。
「住めるようにしとけよ。ここは今月で終わりだからよ」
入居者募集のチラシには、家賃が五十万からとある。今のアパートとは比べ物にならないくらい広く、設備もしっかりしていて、それは一人暮らしには持て余してしまうほどのものだった。
「ここじゃないとダメなのか? こんなに広い部屋……必要ないだろう」
当初、燈矢は炎司に何を言われても引っ越しをするつもりはなく、特に父の世話になるなんて論外であった。
だが自分の無茶な願いを抵抗せずに受け入れる父の姿を見ていたら、自分一人で生きるなどと殊勝ことを考えるのが馬鹿らしく思えた。
利用できるものはなんでも使うと切り替えてからは早かった。なるべく近く、豪華なマンションを見つけると、燈矢は早々にアパートの引き払いをすませる。そしてあとは任せたと炎司に告げればおしまいだ。
「……わかった。手配しておこう」
炎司は逡巡ののち、たくさんの言葉を飲み込んで答える。頼むわ、とニヤつく燈矢の隣で、炎司は感情のない表情を浮かべていた。


2021/07/15