理屈じゃない12


○○駅徒歩二分、建物五階。広いエントランスを抜け、二つ並ぶエレベーターの一つに乗り込み、出て左側の通路の角。炎司は一度腕時計で時間を確認した後、渡されているカードキーでドアを開けた。
廊下の突き当たりにあるドアはガラスがはめられていて、部屋の中がうっすらと透けて色が見える。一部の色がチカチカと動いているので、テレビを見ているのだと炎司は思った。
「……来たぞ」
ドアが開くと同時に、ソファーに座っていた燈矢が顎を逸らし、背後に顔を向ける。柔らかな革張りの立派なソファーも燈矢のリクエストで、轟家の自宅にあるものより値の張るものだった。
おー、と間の抜けた相槌を燈矢が打つ。呼び出されてきたというのに、つれない反応をされるのは虚しくなる。乱暴されたいわけではないが、どうせなら楽しみにしていて欲しいと炎司は思った。炎司をいたぶることすら惰性であれば、何のために自分が捨て身になっているのか分からなくなる。
炎司が約束の時間通りに家に着いても、燈矢はそこに炎司はいないかのように続けてテレビを見ていた。燈矢の態度にもやもやしつつも、炎司は燈矢の足元に正座をし、燈矢が声を掛けてくるまで静かに待っていた。
数十分後、燈矢の見ていた番組がようやく終わり、区切りのいいタイミングになる。いよいよか、と炎司は身構えたが、燈矢は炎司に声を掛けることなく、適当に席を外して飲み物を飲んだりしていた。
「……燈矢。しない……のか」
炎司は燈矢の邪魔にならないであろうタイミングで呟く。
あー、と気怠そうな声で燈矢が反応した。
「ちょっと待ってろ」
燈矢は炎司が家に着いてから、たった一度姿を認識して以降、会話どころか、顔を合わせようとすらしなかった。何がそんなに面白いのか、テレビを見て、用意した飲み物をたまに飲んで、ずっとぼうっとしている。
炎司はその間、床に正座したまま動かなかった。過去に一度、炎司は燈矢の隣に座ろうとしてひどく怒られたことがあり、それからはソファーに触れることすらしていない。
炎司は燈矢と一緒にいると、自分の存在している理由が分からなくなる。決まった時間に呼びだすのであれば、呼んだなりに自分をこき使って欲しいと思った。身の回りの世話をして、親らしく振る舞いたかった。しかし燈矢はそれすら許さず、人間としても同等の扱いはしてくれなかった。
炎司は今までの人生で、そんな扱いを受けたことがない。己の生まれもった能力と、それを磨き上げる努力によって、何においても人より優れた結果を残してきた。しかし燈矢はそのプライドをへし折るように、炎司のことをとことん粗末な扱いをした。ろくに役目も与えず、ただ置物のように扱われることに、炎司はいつも惨めな思いがした。
だからこそ、ずっとおとなしく待ったあとに声を掛けられることは、自分の存在が認められたようで嬉しくなった。
家に着いてからの燈矢はずっと冷たく、まるで炎司が嫌いだというような振る舞いをしているが、この時の燈矢はとても優しい声で炎司を呼ぶ。『こっちに来いよ』という些細な言葉が舞い上がるほど嬉しくて、炎司はいつもその瞬間にすべての惨めな思いを許してしまうのだった。
ずっと俯いていた炎司が燈矢の声で顔を上げると、燈矢が足を広げ、手招きをしていた。炎司は呼ばれるまま燈矢の股の間に入り込み、上目遣いでその顔を見つめる。股の間に収まる炎司を、燈矢はソファーにもたれながら見下ろしていた。燈矢の瞳が自分に向けられているだけで炎司は泣きそうになっていた。
「いつもの。……な?」
命令のような、独り言のような不思議な口調が炎司の体に馴染む。嫌で仕方がなかったはずの行為もすっかり慣れて、炎司はこうして求められることが嬉しいとまで感じるようになっていた。
炎司は燈矢のゆったりとした部屋着のズボンを下着ごと捲ると、吸い寄せられるようにその場所へ顔を埋める。燈矢の温もりを感じられることが幸せで、炎司は夢中になって燈矢を慰めた。
体が触れ合っている間、燈矢はよく語りかける。家族との関わりを避けていた燈矢だったが、炎司はこの時ばかりは自分に心を開いているような気がした。
一般常識を超えた触れ合いだとわかっていたが、これも燈矢なりのスキンシップだと思うと、炎司は過去の様々な行為もすべて合点がいくような気がした。
炎司は熱くなったそれを咥えながら、ちらりと燈矢の姿を覗き見る。ターコイズブルーの瞳が相変わらず自分に注がれているのを確認すると、これも親の役目の一つなのだと思った炎司は満足し、再び強くそれを吸い上げた。

2021/07/15