夜遊び


尾形にとって谷垣という男は、第七師団の入隊挨拶をした時から真面目な男だった。きりっとした目元と、余計なことはいわない寡黙さが目を引いて、新人の中から部下を持つなら谷垣しかいないと尾形は思った。他の新人は頼りがなく、入隊したのはお国の為だと挨拶する姿は、尾形にとって凡庸でつまらないものだった。谷垣の挨拶といえば、名前を名乗るだけで、入隊した理由なんてのは一つもいうことはなかった。
多くの新人は上の指示に従って第七師団に入隊する。しかし、谷垣という男は珍しく、自ら希望して第七師団に入隊した。他の新人と比べ、谷垣こそ入隊の理由を述べるに相応しいものだが、谷垣は他の新人がべらべらと喋る中でも、ただ黙っているだけだった。
入隊時の谷垣は、まるで自分は多くの兵士の一人にすぎないというように、とても控えめな存在だった。尾形は鶴見中尉から谷垣の話を聞かされており、第七師団を志願して入ろうなどという者はどれほどの豪傑だと想像を膨らませていたのだが、その姿は尾形の想像したものとはかけ離れていた。しかし、それが余計に尾形の興味をかき立て、谷垣はのちに尾形の部下となった。
谷垣はマタギの生まれであり、銃の扱いがうまかった。銃に一家言あった尾形でも、谷垣の銃の技術には一目を置き、尾形はますます谷垣への評価を高めていった。指示されたことはきちんとこなし、谷垣はどの上官からも評判がよかった。時折新人らしく抜けた姿も見せたが、真面目な谷垣には丁度いい愛嬌となり、周囲からとても愛される存在となった。
谷垣に対する評価を聞くと、非の打ち所がないといって誰しも褒めそやした。概ね、尾形も同意見である。
だが、尾形は谷垣と共に行動していく中で、いくつか不可解なことがあった。どれほど勇敢な者でも、いざ戦地に赴くと弱音を吐くものである。だが谷垣と言う男は、いかなる劣勢に立たされても泣き言は一切言わなかった。表情が曇ろうとも、決して生きることを諦めなかった。
しかしその姿は、軍人としての誇りや、お国の為などという幻想を信じているわけではない。それは谷垣の口から、軍人の矜持や、愛国心を聞いたことがないからだ。では何が谷垣を支えているのか。尾形は考え、おそらく故郷の為ではないかと考えた。
ところが、谷垣の口から故郷の話が出ることは一度もなかった。第七師団は遠方から入隊した者も多く、他の師団に比べて故郷への想いが強い傾向にあるが、谷垣から故郷を思う言葉は全く出てこなかった。
一見、素晴らしい人間のように見える谷垣は、尾形にとってとても歪な存在だった。誠実な姿をまといながら、谷垣という男はその実、誰よりも冷酷な男に思えた。
尾形は谷垣の歪な人間性に興味を持った。谷垣という男は、尾形にとって優秀なだけの部下ではなくなっていた。尾形は善良そうに見えるこの男の心根に強く惹かれていた。物事の点と点を辿っても、谷垣の人間性は繋がらない。尾形はその違和感に堪らなくそそられ、谷垣への興味は日を追うごとに増していくのだった。

そんな時、戦いは山を越え、一時休戦となった。互いの上官が条約を結び、この地での戦闘は終了するらしい。鶴見中尉は君たちのお陰だと声高に演説していて、多くの兵士たちは喜びに沸いていた。
駐屯地へ戻るには何日か準備期間が必要だった。上官たちが忙しく動き回る中、戦地を駆け回っていた軍人たちは疲れを取る必要もあり、移動日まで休息が与えられた。
日々の軍事訓練はあるものの、内容はとても簡単なもので、昼過ぎには終了してしまう。基地内の見張りなどはあるものの、非番の日は自由に外出することを許された。いつも厳しい規律の中で生活をしていた軍人たちは湧き上がる。街に出て遊びに行くと張り切る男を横目で見ながら、尾形はしめたと思った。
尾形は谷垣の非番の日を狙い、労をねぎらうなどとそれらしいことを言って外に連れ出した。尾形も何度か連れられたことのある、遊女のいる飯屋だった。遊郭と食事処の間のような店で、客が女を気に入れば体を合わせることもできた。表だって遊郭に行くことのできない客向けに出来た、最近流行りの形態だった。
「尾形上等兵殿。私のような者にまでお気遣いいただきありがとうございます」
谷垣は席に着くなりあらためて礼を述べた。気にするな、と尾形が笑う。
「今日は無礼講だ。気にせず飲め」
尾形はそう言うと、谷垣に足を崩す様にいった。しかし谷垣は恐縮し、正座のほうが楽なのだと微笑を浮かべながら言う。尾形はふふ、っと小さく笑いながら、軍服のボタンを外し、大袈裟に足を崩した。戦闘中とは違う和やかな空気を演出するためのものだった。堅苦しい雰囲気を壊す尾形の姿に、谷垣の緊張はほぐれ、表情が柔らかくなる。尾形は狙い通りの結果に小さく笑った。
暫くすると女たちが食事を持って部屋を訪れた。何人かの女はそのまま尾形と谷垣の隣に座り、お酌をした。谷垣は女にもてなされて食事をすることは初めてのようで、上官にお酌をしないどころか、自分も何もせず座っていればいいことに居心地を悪そうにしていた。本当に何もやらなくていいのかと尋ねてくる姿は兵卒らしく、尾形は谷垣の若者らしい姿を満足そうに見ていた。
尾形はこの店で一番高い酒を頼む。出てきたのは日本酒だった。人肌に温められたそれはふんわりとした甘い香りを漂わせていた。まろやかな口当たりで、尾形は納得するように頷いた。
「故郷の酒と似ています」
谷垣はそういって徳利を見つめる。それは何気ない一言であったが、尾形は箸を持つ手が止まるほど驚く一言であった。
谷垣は自分の身の上話をしない。尾形がそれとなく話題を振っても、谷垣はうまく避けて話題を変えていた。故郷を匂わせるようなことは一切話さなかった谷垣が、初めて尾形に気を許した姿だった。
早速珍しい姿を見たものだと尾形は気分がよくなったが、谷垣の言葉には反応しなかった。すぐ食いつてしまっては警戒されてしまうかもしれない。
尾形は大根の煮物を摘まみながらゆっくりと酒を呷った。夜はまだ始まったばかりである。
尾形は他愛のない話をしながら食事を進めた。大きな盛り上がりはなかったが、静かに過ごすことで谷垣の気が緩んでいくのがわかった。酒も進み、谷垣の頬はほんのりと上気していた。目じりは随分と垂れ下がり、酒がまわっているのだと尾形は思った。
尾形は谷垣の隣にいる女に目配せをすると、女は谷垣との間を少しだけ詰めて近付いた。緊張が解けた谷垣は女の動きに気付かず、警戒する様子は見えなかった。
尾形の隣にいた女も、同じように距離を詰めて尾形に近付いた。尾形は女の肩に手を置くと、ぐっと強く引き寄せた。尾形の体にぴったりとくっついた女は、己の手を尾形の膝の上に乗せた。二人の距離があからさまに近くなると、谷垣は驚き、目を見開いた。
尾形は谷垣が驚いていることを確認すると、肩に置いていた手を女の胸元へ伸ばしていった。女は抵抗せず、尾形の手は着物の衿を掻き分けて女の胸の中に吸い込まれていった。谷垣はますます驚いて、徳利を持ったまま固まっていた。尾形は谷垣の様子を窺いながら女の胸を揉んだ。
「うふふ」
尾形に胸を揉まれた女は優しく微笑み、もたれるように首を傾げた。尾形も笑い、再び女の胸を揉んだ。尾形の手が動くと、きっちりと閉じられた着物が手の動きに合わせてもぞもぞと動いた。
「尾形上等兵殿っ、」
「なんだ?」
尾形は女とのやり取りが当たり前だというように、平然とした態度で谷垣に応える。
「いや……その……」
谷垣ははっきりと言葉にするのを躊躇うように、尾形と女を交互に見た。
「谷垣、遊郭は初めてか」
尾形はそういって不敵に笑う。
「えっ……。こ、ここはそういうお店だったのでしょうか」
「いや、厳密には違う。ただ、気に入れば抱いたっていいんだぞ」
谷垣は否定し、慌てて首を振った。
「女は苦手か? それともきっかけがなかったか? どちらにせよ、いい機会だ。楽しんでけよ」
尾形はそういって隣の女に同意を求める。女はにこやかに微笑みながら頷いた。谷垣の隣にいる女は、固くなっている谷垣を気遣い、自ら体を寄り添わせた。谷垣の隣にいた女は、触ってもいいんですよと囁くと、谷垣の顔がカーッと赤くなった。
女は谷垣の手を引いて、自らの体を触れるように促した。女の膝に乗せられた谷垣の手は、誤魔化す様に笑いながらひっこめられた。女は驚き、残念そうに谷垣を見つめた。
「気を遣うな。ここでは普通のことだ」
「いえ、本当に私は……」
尾形が何を言っても谷垣は否定するばかりで、全く気が向かないようだった。仕方ねえな、と尾形は大袈裟に溜息を吐くと、俺はすると宣言するように女と唇を重ねた。
谷垣によく見えるように意識しながら、尾形は深い口づけを交わした。女と尾形は小さく口を開け、貪るように舌を絡める。女の唇に引かれた紅が、尾形の低温の唇に移り、ほんのりと赤く染まっていく。零れる唾液で唇は濡れ、隙間からぬるぬると光る赤い舌がお互いの口を行き来する。
尾形はわざと音をたて、口吸いの濃厚さを演出する。互いの頭を傾けては唇が重なる角度を変え、尾形はじゅうじゅうと女の舌を吸った。
尾形は閉じていた瞳を薄くあけ、谷垣の様子を窺った。谷垣はいつの間にか顔を俯け、じっと床を見つめていた。だが耳まで赤く染まった様子を見れば、尾形と女の情事に困惑していることは間違いない。
尾形は唇を放すと、しっとりとした声で谷垣の名前を呼んだ。谷垣はびくっと体を震わせて、まるで戦地にいるような厳格な返事をした。和やかな宴席で気が緩んでいた谷垣だったが、いまは店に来たばかりのようにすっかり体を固くしていた。
しかし、谷垣の顔は赤いままで、いつもの冷静な様子とは明らかに違っていた。嘘を吐けない谷垣の姿は、尾形にとってとても面白いものだった。
尾形はシャツのボタンを二つほど外すと、ありがたく思えよ、と言って得意げに笑った。
「手本を見せてやろう」
尾形はそう言って再び女に口づけた。
尾形は女の帯を緩めると、衿を引っ張り、襦袢の下に収まった女の乳房を取り出した。白い肌に赤い乳首がよく映える、とても美しい体だった。華奢な女の乳房を、尾形の太く短い指が包み込む。少し力を込めるだけで、柔らかな膨らみが尾形の指の形に食い込んだ。
尾形は女に覆い被さるように体を押し付け、女の体はゆっくりと後ろに倒れていく。尾形は女を逃がすまいと、背中に腕を回して女の体を支えた。尾形の腕に収まった女は、すべてを受け入れるように身を委ねた。
尾形は女の胸の柔らかさをアピールするように、二度、三度と優しく揉んだ。ごくり、と遠くで喉が鳴る音がして、尾形の口角が僅かに上がる。尾形は女の胸を揉んだ後、つんと尖った乳首を優しく摘まんだ。鮮やかな赤色の小ぶりの乳首は、尾形に触れられるとぷるんと震える。大人しかった女はアン、と高い声で喘いだ。女の声はわざとらしく、大げさであったが、谷垣に見せつけるには丁度良いものだった。尾形の太い指は器用に動き、女の乳首を転がした。乳頭を爪でひっかく様に擦ると、女の体が大きく跳ねる。
谷垣は背中をぴんと張りながら、目の前の非現実的な光景に眩暈がしていた。
談笑をしながらの楽しい宴席だった。いつも厳しい上官が、無礼講だと言って自分に気を許していた。
しかしそれも幻覚だったのだろうか。目の前の出来事はあまりにも衝撃的で、谷垣は理解に苦しむものだった。恥じらうどころか、見本とせよという上官の言葉に、谷垣は何が何だか分からなくなった。
谷垣は再び視線を落とした。他人のまぐわいなんて見ていられるものじゃない。
「谷垣」
しかし、谷垣が視線を落とした瞬間、女に夢中になっていた筈の尾形から谷垣を呼ぶ声がした。谷垣は再び訓練中のようなはっきりとした声で返事をし、反射的に背中を正していた。
よく見ておけ。尾形は緊張感のある声色でいう。
尾形は女を抱きながら、視線だけを谷垣に注いでいた。尾形の視線は鋭く、敵に向けるような冷酷さを持ちながら、情欲に溢れたいやらしさがあった。谷垣は思わず分かりました、と言葉を返していた。それは尾形の妖美な視線に囚われたようだった。
尾形は谷垣の視線を意識しながら、再び女の体に触れていく。女の両の乳房はむき出しになり、うなじににはしっとりと汗を掻いていた。
尾形は片手を帯革にかけて器用に外すと、白い褌をずらして己の性器を取り出した。尾形は取り出した性器を数回扱き、しっかりと立たせると、女の耳元に口を寄せた。何かを囁いたかと思うと、女は尾形の性器を掴み、優しく扱き始めた。女の細い指は尾形の性器に絡みつき、上から下へと手が動く。尾形は上手だ、と優しく呟くと、女は嬉しそうな顔をしてさらに丁寧に陰茎を扱いた。
尾形は女に性器を扱かれながら、女の耳の中に舌をいれた。女はぞわぞわと体を震わせ、陰茎を扱く手が止まった。尾形は女の耳元で再び何かを囁くと、導く様に己の手を女の手に重ねた。尾形は女の手を包みながら、男の悦ばせ方を教え込んだ。女は尾形に教えられるまま、尾形への愛撫を続けた。
谷垣は一部始終を見ながら、自分の体がじわじわと熱くなっていくことを自覚していた。女と肌を重ねる尾形は妖しい色香があった。ただの商売であった筈の女が、尾形の手に堕ちていく姿の淫靡さは、秋田の田舎から出てきた谷垣にとって刺激が強すぎていた。いつしか、拒絶していたはずの二人の姿を、谷垣は食い入るように見つめていた。聞き慣れた筈の尾形の声は、軍にいる時と違った重みを谷垣に与えていた。自分の体の芯に響き、沈み込んでいくような深みのある声色は、同じ男であっても言葉を失うほどに妖艶なものだった。
陰茎を擦る女の手は次第に大胆になり、女が尾形に没入していく様子が手に取るようにわかった。女は尾形の焦らすような愛撫にしびれを切らし、もてなす筈の尾形の体に跨った。尾形は女の勢いに圧され、そのまま畳の上に体を倒した。女は艶めかしい動きで尾形を誘い、着崩れた衣類は着物の形を成さなかった。女の下半身は尾形を押し倒した拍子に露出した。女は下着を身につけておらず、尾形の体の上にはしなやかな肢体がむき出しになっていた。
女の柔らかな体を、尾形の手がいやらしく這っていく。尾形の手は女の尻を撫で、指先は女の尻の割れ目に忍び込む。女は鳥のような美しい声で啼き、うっとりとした息を吐いた。
「尾形上等兵殿!」
谷垣は我に返り、勢いよく立ち上がった。谷垣に寄り添っていた女は驚き、飛ばされるように尻餅をついた。
「少々酒を飲みすぎたようです。申し訳ありませんが、先に帰らせていただきます」
谷垣は宣言するように言い放つと、尾形に目もくれず振り返った。ずっと正座で座っていた谷垣は、足が痺れて思うように歩けないようだったが、無理矢理でも足を踏み出し、たどたどしい足取りで部屋を出ていった。
周囲にいた女たちは慌てふためいた。客が腹を立てて帰ったとなっては大事である。しかし、当の尾形は、去っていく谷垣の背中を追いながら笑みを浮かべていた。
谷垣をこの店に呼んだのは、尾形のちょっとした悪戯心だった。真面目で、尾形にしてみれば陰のある谷垣が、戦場から離れるとどんな姿を見せるのか。実直そうな谷垣でさえ、女の前では鼻の下を伸ばすのか。元々はそんな出来心であり、始めから遊女との情事を見せつけ、谷垣をからかってやろうなどと思っていたわけではない。
だが尾形は楽しんでいた。自分が女の体に触れる度、谷垣から強い視線を感じていた。わざとらしく淫らな姿を見せつければ、大人しくしていても谷垣の鼻息は荒くなり、とても愉快なものだった。谷垣はずっと黙っていたが、尾形にしてみれは随分とおしゃべりになっていた。
尾形の色香に惑わされ、理性を失っていた女は、次第に冷静さを取り戻し、己のはしたなさに顔を赤くした。ほかの女たちは谷垣を怒らせてしまったと思い、一様に謝罪する。しかし尾形は女たちのことなどどうでもよく、適当にあしらった。
尾形はシャツのボタンを留め、投げ捨てた帯革を手に取った。谷垣がいなくなっては、女と体を重ねることも無意味である。尾形は身支度をしながら、中途半端になった一物をどうしようかと考えていると、褌からはみ出したそれはいつの間にか小さくなっていた。
「ハハッ」
尾形はおかしくて笑ってしまった。しかし同時に、興味のない女をあれほど情熱的に抱くことが出来た理由も説明がついた気がした。周りにいた女たちは、楽しげに笑う尾形を不思議そうに見つめていた。





これを書いてる時に明治時代のポルノとか調べていたんですけど、当時は人のいない野外で後背位&着衣でやることが多かったらしいです。(家だとプライべート空間が守られないらしい。鍵とか長屋とかそういったあれで)
なので全裸でやることも、現代的正常位でやることも破廉恥的扱いだったらしい。
そんな時代に情事を見せつけるなんてありえないなあと思ったけど見たかったので無視しました。
ついでに師団のルールとか戦地がどうのこうのとか配属とか細かいこともよく分かんなかったので、全体的にゆるい感じでお願いします。

2020/08/05