天使なんかと恋5


天使の学校生活は試練の連続だった。地球人が習う座学なんて知らないことばかりで何も頭に入ってこず、授業が始まってすぐの小テストは何も書けなかった。小テストで赤点が続く悟空は補習を受けなくてはならなくなり、ベジータと一緒に帰ることすらできなくなった。ベジータは学校が始まって暫くすると、あまりにカカロットが大人しいのですっかり悟空という存在を忘れていたほどだった。
しかし、ベジータが悟空のことを忘れていられたのはごくわずかな時間だけだった。天使である悟空は超人的な肉体を持っていて、ひとたび体育の授業となれば飛び抜けた成績を残した。悟空は勉強でろくな成績を出せないために、せめて運動においては良い成績を収めようとしたのだ。悟空は悟空なりに手加減していたが、参考にしていたのがテレビで見たプロのスポーツ選手だったために、学生たちと競えば圧倒的な力の差がついてしまった。悟空の身体能力の噂は瞬く間に広まり、ベジータの元へ届く頃にはすっかり知らぬ者はいないほどの有名人になっていた。悟空は様々な部活動の助っ人に呼ばれ、どのスポーツにおいても類まれなる貢献を果たす。悟空は野球やサッカーなど、スポーツのルールは分からなかったが、抜きんでた身体能力のおかげで十分な成績を残してしまうのだった。
ベジータは慌てて悟空を呼びつけ、どういうつもりだと詰め寄った。
「どうって……みんなが困ってるっていうからよお」
悟空はぐっと近付いてくるベジータを宥めるように手のひらをパタパタさせる。少し距離をとって欲しいと、寄ってくるベジータの体を押し返した。
普通の地球人の暮らしがしたいんじゃなかったのか⁉ ベジータは周囲に聞かれぬように、小声で喋りながらも凄んだ。
「オラ手加減してるぞ」
「加減が足りん!」
しかしその声はすぐに怒鳴り声に代わって、悟空はたじたじになる。すでに運動部への助っ人を受けた後だと言えば、ベジータの額の筋がより深く刻まれた。
「そう怒んなよ……。オラ、めちゃくちゃ成績が悪くて、目立っちまうだろ。なんでこの学校に入れたんだってことになっちまうし……だから運動くれえはデキたほうがいいんじゃねえかと思ってさ」
「もう遅い。きさまとオレが二人で歩いているところをすでに見られている。きさまの変な髪型が目立ちやがってな……テストの成績が悪いきさまはコネで入ったと噂になっていたのを知らないのか」
自分のことで精一杯だった悟空は学園の噂話には疎かった。コネで入ったと裏で蔑まれていた悟空が、スポーツにおいて学園でトップの成績を残したというのだからより大きな盛り上がりとなったのだ。
「カカロット、きさま正体がバレてもいいのか?」
「それは困っぞ! ……でもオラが本当は天使だって、みんなは想像もつかねえんじゃねえか?」
ベジータは眉を顰める。悟空をじろりと睨みながらも、ベジータはぐうの音も出なくなった。
「オラ、みんなになんでそんなにすげえんだって聞かれて。うっかり天使だってこと言っちまってよ。でもみんなオラのいったことを冗談だって笑ってたんだ。オラのこと天使って感じじゃねえって言われた。嘘じゃねえのに」
この地球において、一般的な天使といえば、赤子や幼い子供のイメージを持つ人が多いだろう。神の使いで、献身的で大人しく、時に霊的な存在を思い浮かべることもある。
一方悟空というと、天使の霊的なイメージと比べるとあまりにも健康的で、溌剌としていた。悟空の立派な体格は、地球人にとって天使とはかけ離れたものだった。
悟空が天使だということをまったく信じなかった地球人の気持ちがベジータには痛いほどよくわかる。しかしそうだとしても、天使である悟空が人間の能力を超えるような活動をしていいわけではない。
「……人間の邪魔をするな」
ベジータは忠告のようにいう。天使である悟空が様々なスポーツで好成績を出してしまえば、地球人の成長に影響を及ぼすことになる。高みを目指したものが挫折をしたり、悟空に甘えて努力を怠るかもしれない。人間とは弱い生き物なのだ。
カカロットは黙った。邪魔をするつもりも、邪魔をしていたつもりもなかった。悟空に殺到する人々が一様に困っているというのだから、カカロットは人助けだと思い、様々な部活動への協力を引き受けたのだ。
だが結果的に、それが人間の活動や、成長の妨げになるのであれば本望ではない。カカロットは現在引き受けているものを最後にして、以降の助っ人は引き受けないことを約束した。
「……悪かったな。迷惑かけちまって」
申し訳なさそうにするカカロットをベジータは意外に思う。カカロットは何事にも切り替えが早いので、ベジータは今回のことも豪快に笑いとばすと思っていた。
カカロットがいつものように明るく振る舞えないのは、己だけの問題ではないからだ。人間のためだと思ってした行動が裏目に出て、多くの人に迷惑をかけることになった。今後は助っ人をしないといっても、一度助けてしまった相手から悟空の存在が消えるわけではない。あと少しのところで勝負に勝てるとなれば、いたかもしれない悟空の存在に責任転嫁するかもしれない。自分の実力を見ずに、誰かがいたら勝てると考える思考は、決して健全なものではない。それが必ずしも起こることではないにしろ、その可能性を生んでしまっただけでカカロットは罪を感じていた。
オレのように賢いヤツばかりじゃないからな。ベジータはカカロットの前を歩きながら呟く。
「きさまなんかを頼ることがそもそも間違いだ。自分の実力もわきまえず、甘い汁をすすろうとしたヤツらなぞ、自業自得だ」
だから気にするな。俯くカカロットに向かってベジータがいう。口は悪いが、カカロットはベジータの言葉に少しだけ救われたような気がした。


2020/09/27