天使なんかと恋7
ベジータは学園の生徒会長であり、空手部の主将である。当学園の空手部はいつも街の代表校に選ばれるほどの強豪校である。その空手部が、窮地に陥っていた。
理由は副主将を務めるナッパの怪我である。先日の練習中、誤って足を怪我し、骨折していることが発覚した。ナッパは屈強な体を持ち、多少の怪我でもほとんど遜色なく動くことができる。しかし、週末に予定している大会では、そのナッパでさえ苦戦するほどの強豪校との対戦が控えていた。
ベジータは怪我をしてしまったナッパに対して烈火のごとく怒鳴り散らし、迂闊だといって青筋を立てた。しかしベジータがどれほど怒り狂っても、ナッパの怪我が治るわけでもない。ナッパの代役を務められるほどの猛者は学園に存在せず、空手部始まって以来の団体戦敗退の覚悟を決めねばならなかった。
「オラ、それ代わりに出てやろうか」
いつもの帰り道に、そう言ったのはカカロットである。ベジータは目を丸くして、どうしてそれを、と小さく零した。
「オラのクラスにも空手部のヤツがいてよ。朝から落ち込んでたから話を聞いてやったんだ。ベジータ困ってんだろ?」
カカロットのいうことは間違いない。だが、カカロットに力を借りるなど、ベジータの人間としてのプライドが許さない。ナッパなんていなくても勝てるように強くなる。ベジータがとる選択肢はそれだけだ。
「かてえこというなよ」
「きさま、あんなことがあったのに懲りてないのか」
ちょっとだけならバレねえだろ。人間の想像する天使にはあるまじき発言にベジータの顔が歪む。
「おいおい、勘違いすんなよ。誰にだってするわけじゃねえ。ベジータだから手伝いてえんだ。オラ、ずっとベジータの世話になりっぱなしで、何も返してやれねえからさ。こんな時くらい、おめえの役に立ちてえんだ」
それにオラ、あん時より手加減がうまくなったんだ。カカロットは訴えるようにベジータの瞳を見つめていた。
ベジータは迷ったが、実のところ、カカロットの手を借りることと敗北は同じくらい嫌いだ。今まで世話をしてやったお返しだという大義名分があれば、頭の固いベジータでも納得のいく理由になる。
「……本当だろうな」
念を押すようにベジータが言う。
「本当だ!」
カカロットは嬉しそうに答えた。
週末。悟空は同じ背丈の部員に白い道着を借りて、ベジータ達出場メンバーと会場へ向かう。大きな武道館の中心に敷かれた畳の上が、選ばれし者だけが上がれる舞台である。
ベジータは悟空を試合に出すつもりはなく、その順番を大将に置くと、決勝に至るまでの勝敗をすべてベジータまでで決定させた。
だが苦戦が予想される決勝だけは、悟空の手も借りなくはならない。本来ナッパが入る予定だった副将に悟空を置き、ベジータは大将となって試合に臨んだ。試合は予想通り、拮抗した戦いとなる。先鋒のラディッツは勝ちを決めたが、続く次鋒、中堅は敗退。予想通りとはいえ情けない結果にベジータの顔が引きつる。
やはり悟空の力を借りなければならい事に苦虫を嚙み潰しながら、その背中を見送る。悟空は拳を握って親指を立て、ベジータに任せろと合図を送っていた。
悟空は相手の動きを見定め、膠着状態になる。本来の悟空であれば一瞬で決まってしまうような相手だ。だが相手の力に合わせている悟空は、苦戦を演出する。もともと体格の良いナッパと戦う予定だったこともあり、相手は悟空の何倍も体が大きい。そんな相手を一発でのしてしまえば、会場が色めきだってしまう。悟空は過去の自分の行動を顧みて、いかに目立たないようにするか考えていた。結果、制限時間ギリギリのところで相手から二本目の技ありをとり、勝利を収めた。
自陣に戻る敵は疲れ果てていたが、悟空は息一つ乱さずベジータの元へ戻る。ベジータにだけ分けるようにウインクをして合図を送ると、ベジータはふっと小さく笑った。
大将戦。ベジータは個人戦で何度も全国優勝をしているほどの実力者である。相手がいかに強豪の大将といえど、その試合はあっさりと決着する。わが学園はこうして大会の優勝を納めたのだった。
「オラ、大丈夫だったよな」
試合後、借りものの道着を脱ぎ捨て、カカロットはベジータと共に帰路を進む。何事にも厳しいベジータも、カカロットの努力を認めて頷いていた。カカロットは珍しく笑うベジータをみて恥ずかしそうに笑う。
「オラ、天界に帰っても、今日のこと忘れねえ」
「そんなに嬉しいか?」
ああ。カカロットはしんみりと相槌を打つ。
カカロットは地球に着いてから、自分が地球に来て何も役に立っていないことを気にしていた。天界から降りてきたのも、修行を積んで人々を助けるためだった。しかし地球人になりすますことも難しく、唯一の秘密を知るベジータにも迷惑をかけてばかりだった。
そんな中、カカロットは初めて自分が誰かの役に立ったと実感することができた。地球のルールや文化を学ぶ中で、ようやく修行といえる修行をすることができたのだ。
いつも暢気なカカロットがそこまで悩んでいたとは知らず、ベジータは俯くカカロットの横顔を見ながら言葉を探していた。
カカロット。ベジータは視線を前に向けると、あえていつもの口調で語りかける。
「きさま、天界に戻る時はどうするんだ」
「どうするって?」
「転校という形で、いなくなるのか?」
「オラが帰る時は、みんなにはオラのことは忘れてもらう。オラがあの学校にいたってことは全部消しちまうんだ。それがオラたち天使の、修行のルールだ」
ずいぶん勝手だな。ベジータの言葉にカカロットが黙る。
ベジータは咎めたつもりはなかった。ただそれは事実を確かめるような言葉であり、ベジータ自身も天界の判断は当然のことだと思った。
そう理解を示しつつも、口には出さないが、ベジータはズルいと思った。カカロットはこの思い出を忘れることなく過ごすのに、秘密を共有していたはずの自分は忘れてしまうなんて。
オレの記憶は消すな。ベジータは命令するように言った。カカロットが天使だと知られてはいけないというルールをここまで破っているのだから、同じことだろう。
カカロットの目から鱗が落ちる。ベジータの言う通りだ。ベジータはカカロットの正体を知っていても誰にも公言したことはなく、問題が起きたこともない。
じゃあいっか! カカロットは頭の後ろで手を組み、天を仰ぐ。
「オラも、ベジータがオラのことを忘れちまうの、寂しいって思ってたんだ」
サンキュー、ベジータ。カカロットはそう言ってベジータに微笑む。西日のせいか、ベジータはカカロットの顔が輝いて見える。それがなんだか神々しくて、こいつは本当に天使なんだとベジータは思った。
「神様許してくれよ!」
カカロットは空に向かって叫んだ。
2020/09/27