メヌエット


59受プチ前夜祭で載せた話です。
パラレルなベジカカ。強い奴探して国力上げよ〜ってなってる王族ベジが強いと噂の龍を探しに山を登ったら龍いねえじゃん!ってなって代わりに悟空がいた話。明るい話ではなくてメリバな感じ。
山崎ま○よしさんの同名曲がイメソンです。本文中に出てくる歌はこれをイメージしています。


*   *   *


大地の果てに龍を求め、辿り着いた先にいたのは寄る辺のない青年だった。青年は高台の上から遠い遠い人里を見下ろし、一人で物思いに耽ていた。小さく開く口から紡がれる歌は山の麓にある村に伝わる民謡だったが、ベジータが村で耳にした歌と同じものとは思えないほど、男の歌声はひどく寂しいものだった。
男は何もない山にある大きな大きな洞穴の中で一人暮らしをしていた。洞穴の奥深くには藁を敷いただけのベッドがあり、そこは風が入り込むこともなく温かい場所だった。男の住処である洞穴はとても広かった。質素なベッドだったがその大きさはとてつもなく、何十人の大人が寝転がっても埋まらないほどの広さがあった。
ベジータの目的はその地域に古くから伝わる伝説の龍を仲間にすることだった。一国の王として領土を広げまいとするベジータは、国力を上げるためにありとあらゆる財宝や戦力となるものを集めていた。時には他所の国の戦争に参加し、戦果を挙げることで、遥か彼方までその名前を轟かせる。ベジータが耳にした噂がただのでまかせであることも多かった。しかしその目で確認するまでは、ベジータはたかが噂も馬鹿にすることはなかった。
ベジータが追っていた龍の名前はカカロットと呼ばれている。地の果てにいた男に尋ねると、カカロットの噂は知っているが、どこにいるかは知らないといった。男の名前は悟空といった。二十代の若者のような外見をしているが、男の話しぶりからすると随分歳を取っているようだった。

「こんなとこまで来てもらってわりぃけど、おめえが探している龍なんてここにはいねえ」

男はそういって、ベジータに諦めて国へ戻るように言った。
だがベジータは男の言うことをきかなかった。伝説の龍は百年に一度、満月の夜になると、大地を揺るがすほど荒れ狂うと言われていた。ベジータはその満月の日が過ぎるまでは、男がどれほど説得しても梃子でも動かなかった。
何日も夜が過ぎていくと、ベジータは徐々に男と打ち解けていった。男はその昔、一人の老人に育てられた。男がじいちゃんと呼んでいた老人は不慮の事故で亡くなったが、男に多くのことを教えてくれた。また、若い女と過ごしたこともあった。空色の髪と瞳を持つ都会から来た女は、好奇心が旺盛で活発な人だった。トラブルばかり引き起こす彼女だったが、毎日がとても楽しくて、田舎育ちの男は女の持つ不思議な道具で驚いてばかりだった。
しかしその女も事故で亡くなった。男はいう。自分と一緒にいるのは危ないのだと。だがベジータは男の忠告に耳を貸さなかった。ベジータはその腕に覚えのある戦闘民族の王だった。
満月の日が近付いてくると、男は次第に元気がなくなり、その内洞穴から出てこなくなった。遂に満月の日になり、ベジータは待ちに待ったそれを見上げていたが、男と二人で過ごした高台にはベジータ一人きりだった。
龍は現れなかった。噂は噂でしかなかった。ベジータがこの山にいるのはこの日で最後である。夜が明けたら山を下りて、ベジータはまた旅に出る。この日が最後の夜になることは、あの男も知っている。しかし男は洞穴から出てこなかった。雲一つない空に浮かぶ美しい満月の光が作る人影は一つ。
ベジータは月を彩る満天の星々を見渡しながら無性に腹が立った。感傷に浸るのが自分だけだということが心底気に食わなかった。
ベジータは初めて来た時に一度だけ入った洞穴へもう一度足を踏み入れた。眠りにつく男を引っ張り上げ、無理矢理外へと連れ出そうとした。しかし男は抵抗した。加減のない力で暴れ、やめろやめろと大声を出した。ベジータはますます気に食わず、何が何でも表に引っ張り出そうと躍起になった。
二人は初めて喧嘩をした。どちらもボロボロになったが、フラつく体に鞭をうち、遂にベジータは男を満月の光の下まで連れ出すことに成功した。

「ああ、なんでだよ」

満足げなベジータに反し、男の顔が青ざめる。見たこともないほど悲しげな表情を浮かべる男にベジータは狼狽えた。そしてベジータが言葉を発する間もなく、男の体から眩いほどの光が放たれる。ベジータは突然の眩しさに目を瞑り、たじろいだ。その間、目の前にいる男の体が少しずつ大きくなっていく。皮膚を覆うように固い鱗が生えてくると、男の口は突き出し、尻から尾のようなものが生えてきた。それは蛇のようにどんどん伸びて、巨大化する体に合わせて太く大きくなっていく。男はみるみるうちに姿を変えると、見上げるほど大きな龍となった。

「カカロット……」

巨大な龍を前にベジータはつぶやく。悟空と名乗った男はあの伝説の龍だったのだ。巨大な龍が現れると、星が輝いていた空は満月だけを残して黒い雲に覆われた。渦巻く雲は風を作り、次第に雨が降り始めた。竜巻のような渦を無数に作り、それらは木々を巻き込んで、生い茂る葉っぱを刈り取った。強風は立派な木々を幹ごと薙ぎ倒し、美しい山が荒地となっていく。黒い雲はゴロゴロと音を立てるほど不機嫌で、それは神の怒りを表すように雷となって大地に落ちていく。落雷は倒れた木を燃やし、炎は龍を囲うように燃え広がった。龍になってしまった悟空は温和だった性格の見る影もなく、鋭い爪で周囲の木々をなぎ倒し、口からは火を噴いて暴れまわった。
伝説の龍を前に、ベジータは悟空の不思議な行動、不思議な発言のすべての合点がいった。悟空は自分がカカロットであることを知っていたのだ。
龍である悟空は長くこの世を生き、多くの人と出会った。しかしいつも満月の夜になると恐ろしい龍へと変貌し、大切な人をその手で殺めてきた。ここに龍はいないと、この場からいなくなれと再三忠告したのも同じ過ちを繰り返さない為だったのだ。
しかしベジータは悟空を満月の下に引き摺り出した。洞穴から出ることを力一杯抵抗した悟空の気持ちが今ならわかる。それは龍になる直前に浮かべた悟空の表情が全てを物語っていた。
ベジータは大声でその名を呼びかけてみたが、我を忘れた悟空は何も反応しなかった。龍となった悟空は、自分の愛した自然を破壊尽くすことだけがすべてだった。
悟空の心配をしている間にも、ベジータの周囲は炎に包まれていく。暴れ回る悟空を止めなくてはベジータ自身もただでは済まない。
ベジータは磨かれた剣をカカロットの身に突き立てたが、龍の鱗は鋭い刃を通さないほど硬いものだった。打撃も通じず、エネルギー弾を放ってもカカロットの身には傷ひとつ与えられない。これが伝説の龍かと、ベジータは感心するような気持ちさえ抱いた。己の見立てが正しかったことをこれほど信じたくないことはない。
ベジータは暴れるカカロットを見上げて暫く考えた後、長い尾と鋭い爪を掻い潜り、カカロットの顔の近くへ寄った。満月の光が原因であれば、その目に光が届かなければいいのではないかと考えたのだ。ベジータはカカロットの視界から外れると、持っていた剣に目一杯の力をこめて、カカロットの瞳に突き立てた。カカロットはギャウウ! と苦しそうな叫び声を上げながら、その痛みに悶えるように暴れまわる。ベジータは突き刺さった剣から手を放さないようにしがみつき、カカロットの激しい動きに耐えた。次第に動きが小さくなり、カカロットが震えるだけとなった隙を見ると、ベジータは刺さっていた剣を引き抜いて地上に降り立つ。引き抜かれた反動で再び強い痛みを感じたカカロットはもう一度体をバタつかせ、ギャウギャウと世界の果てまで届くような断末魔を上げていた。
苦しむカカロットの姿を見ていると、ベジータは悟空が苦しんでいる姿が見えるようだった。あと少し、あと一回だけ我慢してくれと、ベジータは己にも言い聞かせるように強く思った。
山の麓にある小さな村では、カカロットのことを天災とも呼んでいた。それほど圧倒的な力を持つことである表れだ。人々はカカロットを恐れながらも、どこか諦め、受け入れていた。それが神の思し召しだからだ。だが蓋を開けてみれば、その神も苦しんでいたのだ。愛したものを自分の手で壊していく人生を繰り返さなければいけない無力さは神とは程遠い存在だ。
ベジータは人助けをしたいと思ったわけではない。ただあの民謡が、途切れることなく紡がれていけばいいと思ったのだ。
片目の痛みでやや力の落ちたカカロットは隙が多く、ベジータは簡単に顔の付近までたどり着く。痛みに苦しみながらも、何かに追い立てられるように口から炎を吹き続けるカカロットの瞳めがけて、ベジータはもう一度剣を突き立てた。
カカロットは再び悲鳴を上げて悶える。ベジータはすぐさま剣を引き抜き撤退した。
弱々しく震えるカカロットをベジータは固唾を飲んで見守っていた。これで人間に戻らなければ、ただカカロットを苦しませただけである。
カカロットは次第に声も上げられなくなった。手足がぐったりと項垂れてくると、吹き付けていた強風が徐々に収まっていく。満月のみを残し、空を覆っていた分厚い雲も次第に晴れてくると、周囲を囲んでいた炎までもが嘘のように消えていった。そしてカカロット自身の体も、空気を抜かれた風船のように徐々に縮こまっていき、体が人の肌を取り戻す。ベジータは小さくなっていく龍の足元へ駆け寄った。そこには裸になった悟空が地面の上に倒れていた。
悟空の目は戻らなかった。傷付き、血は流れたままだった。じっとして動かないのでベジータは少し怖くなったが、抱き寄せて小さな呼吸を確認すると、悟空が生きていることがわかってホッとする。

「ベジータか……?」

ぐったりした悟空が呟く。悟空のいう“気”というもので、見えなくても感じ取ったらしい。

「そっか。……助けられちまったなあ」

ボロボロになりながらも悟空はいつもの調子で答える。心配をかけまいとする健気な姿に、ベジータはなんて言葉を返せばいいかと迷っていた。
悟空は押し黙るベジータを察したように微笑む。
サンキュー、ベジータ。そういって弱々しく手が上がった。
ベジータは悟空の震える手を強く握った。悪態をつくこともできずに、ただその温もりが消えぬようにと強く願った。


2021/03/18