宇宙船に乗って
エイジ801の話。地球を旅立った二人の宇宙船の中での出来事。
アイについての続編にあたる話ですが、アイについてを読んでいなくても話は完結しているかと思います。
2021/11/28開催、オンラインベカプチ用サイトに公開した小説です。
当時ご覧いただいた皆様ありがとうございました。
* * *
船は暗闇の宇宙を漂っていた。それは気ままな旅にも似ていたが、二人には時間がなかった。
悟空とベジータは二人で思いきり戦える場所を目指して船を走らせる。行き先は、まず地球から一番近い星だ。悟空に他の惑星の知識はないし、ベジータも地上げ業からすっかり退いて、今の宇宙事情に詳しくない。病気を患い、先のない悟空のことを考えれば、二人がその選択をするのは当然のことだった。
目的地への移動中、二人は船内でそれぞれ体を鍛えた。毎日毎日飽きもせず体を痛めつけ、腹が減ったら食事をし、風呂と睡眠で休息をとる。起きたらすぐにその日のトレーニングメニューが始まり、その繰り返しだ。
大食漢の二人にとって食事はとても大事で、出発前の地球で兎に角食糧を積み込んだ。ホイポイカプセルを使って普通では食べきれない量を用意したので、きっと星に到着するまでになくなることはないと思うが、この勢いだとそれもわからない。
ガラガラになっていく食糧庫を見ながら悟空がそう呟くと、そうなったらなったで、途中で停泊して調達すればいい、とベジータが返す。
二人きりの船内はやたらと穏やかで、先がないことでこんな空気になるのか? と悟空はこっそりと思った。
地球を出て二六四時間ほど経過した。何日、という表現を使わなくなったのはどちらともなく、自然な流れだった。暗闇の宇宙に朝も夜もないし、二人は地球に戻るつもりがないのだから、地球歴の日付の見方をするのはやめようと思ったのだ。
こうして生活ごと変えていくと、地球のことを振り返りたくないとか、思い出すと寂しくなるとか、二人にもそんな感傷的な思いがどこかにあるような気がした。だがお互いそんな考えを持つことは相手らしくないと思ったし、だからそんな発想をしても口には出すまいとした。なにより、家族を残し、勝手に地球を出て行った二人には、そんな言葉を言える立場にないからだ。
それからまた数時間後のこと。いつも悟空が起きてくる時間になっても、悟空は部屋から出てこなかった。
起床予定時間より早く起きていた気配もない。もちろん食事をした様子もなかった。気が小さいのは寝ているからかと思ったが、ベジータはまさかと思って悟空の部屋に飛び込んだ。
中にはベッドで苦しそうにする悟空の姿があった。病の発作で苦しんでいるようだった。
悟空は呻くだけで、ベジータに喋りかける余裕もなさそうだった。ベジータはくそ、と悔しそうにしながら部屋を出る。ベジータにできることは何もなかった。
ベジータは悟空のいない部屋で一人、黙々とトレーニングに励んだ。ベジータはいつも以上にトレーニングに集中した。あまり悟空のことを考えたくなかったのかもしれない。
ある程度のところでベジータはいつも通り食事休憩を取る。悟空の気は相変わらず小さいままだった。
ベジータはもう一度悟空の部屋をのぞく。発作はおさまったみたいで、悟空は静かに寝ていた。
ベッドのサイドテーブルにあった水がすっかりなくなっていて、ベジータはその水だけを取り換えて部屋から出ていった。
ベジータは再びトレーニングに励む。また食事をして、寝る時間になった。ベジータがもう一度悟空の部屋に行くと、物音に気が付いた悟空が長い眠りから目覚める。
ふっと視線がかち合って、ベジータは気まずい思いをした。起きているなら来なかったものを、ベジータを見た瞬間に悟空が表情を変えるので逃げ場を失ってしまった。
「みず、ありがとな」
ベッドに寝たまま、顔だけをベジータに向けて悟空はいう。その声に力はなかった。
「……平気なのか」
「ん、一旦落ち着いたみてえ」
そうか、とベジータはホッとしたように相槌をうつ。
「こんなところで死なれたら困るからな」
悪態をつくベジータに悟空が笑う。「ちがいねぇ」と平然というので、ベジータはムッとした。そんなこと言うなと反論して欲しかったのに、見た目こそ変わりないが、悟空はそんなことが言えないほど弱っているのだと思った。
ベジータは背を向けて悟空の部屋を出る。発作が落ちついたばかりなのに、長話は体に障る。
ベジータが眠りから覚めると、悟空は昨日のことが嘘のように元気で、ベッドで寝ていた分だけ鈍った体をほぐすようにストレッチをしていた。病気なんてないみたいに激しい修行をして、腹が減ったら精力的に食事をする。
一通りの修行メニューをこなし、それぞれが眠りにつく直前、悟空は個室に向かうベジータを引き止める。
ちょっと話そうぜ。あらたまっていう悟空にベジータが足を止める。悟空が神妙な顔をするのでベジータは胸騒ぎがした。
「なんだ」
「やぁ……なんもねえけどさ。すぐ寝なくてもいいだろ。まだ時間あるしさ」
「……」
ベジータから見ると悟空は間の抜けた男だが、決して意味のないことはしない。言い出しにくい何かがあるのだとベジータはすぐに察した。
ベジータはソファーに座り、黙っていた。照れているような、誤魔化すような笑顔を見せながら悟空は頭を掻く。
「あのさ……また昨日みたいなことあるかもしんねえ」
悟空は申し訳なさそうにいう。
「今日、オラはいつもみてえに体動かしてたけど、無理してたわけじゃねえんだ。ホントに元気になってさ。病気の発作っちゅうのは、なんか、そん時だけみてえ。発作の時以外は病気なんてないみてえに、オラ、普通なんだ」
悟空の弁を聞きながら、ベジータはそれを言い訳みたいだと思った。要領を得ない話で、つまり何が言いたい、と睨むような視線を向けてベジータがいう。
溌剌として、なんでも怖がらずにいう悟空が、珍しく言い出しにくそうにしていた。悟空は困った顔をしながら、えーっと、と発言に勢いをつけるようにいった。
「次発作が出た時、オラそのまま死んじまうかもしんねえ。そうなったら、ごめんな」
この旅の始まりは悟空だ。己の病を自覚し、もう先は長くないと悟った悟空は、自分の人生が終わる前に、ベジータと思いきり戦いたいと思った。それは初めて戦った時のように、命を賭した戦いになるだろう。二人のサイヤ人が全力で戦えば、地球だってただでは済まない。だから慣れない宇宙船を飛ばし、行き先も曖昧なまま旅に出た。ベジータは悟空の決めたことに巻き込まれたと言ってもいい。
それなのに、旗振り役である悟空が先に倒れたら、この旅は目的を失う。自分勝手に生きてきた悟空だが、地球で作った家族まで捨てさせたベジータに対し、負い目がないわけではない。最後の最後まで迷惑をかけてしまうことを、生きている内に悟空ははっきりと伝えておきたかった。
「それはその時だ」
しかし悟空の覚悟とは裏腹に、ベジータは至極あっさりと答える。約束を反故にすることを怒るだろうと思っていた悟空には意外な反応だった。
ベジータもわかっていた。日々小さくなっていく悟空の気を肌で感じながら、想像以上に悟空の先がないことを。心に秘めてた夢を叶えるために飛び出しても、自分達の都合よく事が進むとは限らないことを。
ベジータはそれでもよかった。悟空の最後、隣にいるのが自分であれば、悔いのない人生を送ったとベジータは心の底から思えるだろう。
しかし、”だから気にするな“とは、ベジータは言わなかった。悟空は死んだ後もしばらく、悟空としての意識を持ったままだ。そんな時、自分を思い出して、申し訳なかったと後悔するくらいはしろ、と思ったのだ。そんな意地悪をしたくなるくらいには、ベジータは悟空のことを思い続けてきた。
悟空はわかったと頷き、遅くまで悪かったと、部屋に戻るベジータを見送る。またなと手を振る姿を、べジータは二十四時間後もまた見たいと思った。
2021/12/15