エスカレート−自業自得
みつはち前提、モブはち。で、みつ←はち。
ミツを諦めたハチがモブとホテル行くけどめちゃくちゃ後悔してる話。大人を舐めていた中学生はち、成人男性は自分が思っているよりも強かった。
※白昼夢と同じ世界ですがこれだけでも読めます。
* * *
背中から覆うように男が抱きつく。反射的に八戒の体が強張った。気持ちよかったね、と男が同意を求めてくるので、八戒は愛想笑いをしながら頷いた。
程よく肉のついた男の腕が八戒を包む。体温が高くて、男の生々しさに八戒の顔がひきつった。
八戒に抱きついたまま、ねえ、と甘えるように男が問いかける。なんですか? と距離を持って八戒が答えれば、キスマークつけていい? と男は尋ねた。
八戒は嫌だと思ったが、その意思をはっきりとは出さず、「えー?」と悪ふざけするみたいに反応した。いいじゃん、と押してくる男に、八戒は逡巡する。
機嫌を損ねない程度に悩んだ後、「見えないところならいいよ」と八戒は答えた。男はヤッター! と子供みたいに喜んで、八戒の胸元に唇を落とした。
これが前回のことで、今日の男は八戒に許可を得ることなく先に唇を落とした。八戒が気付いた時には一つ目の痣がつけられていて、自分の乳首のすぐ隣につけられたそれを八戒は烙印のようだと思った。
「ダメだって、」
身を捩る八戒になんでー? と男は悪びれもなく言う。「見えないところだよ」と約束を守るように男が答えれば、八戒は反論することができなくなった。
体中に増えていくキスマークに八戒は目を逸らして現実逃避する。嫌でも自分が男の物にされていくのを八戒は黙って受け入れるしかなかった。
八戒は相手の男について、時折恐怖することがある。喧嘩の場なんていくつも踏んで、実の兄より怖いものなんてないはずだった。
男はとても紳士的で、身長こそ八戒より低いものの、しっかりとした骨格に成人男性らしい肉付きをした人だった。相手の男を間近にした時、八戒は不覚にも格好良いと思ったものだ。周りにはいない、見るからに大人の男性だった。
しかし八戒は、それがすぐに思い違いだったと気付く。喧嘩慣れしているはずの自分より、男は力が強かった。自分より小柄なのに、本気で抑えつけられると八戒は男に敵わなかった。
おとなしくしててよ。優しく圧力をかけてくる言葉に八戒の身がすくむ。三ツ谷とバイクで二人乗りをした時に見た背中よりもはるかに広い男のそれは、八戒にとって頼りがいのあるものではなく、ただの恐怖でしかなくなっていった。
八戒の身長は一八〇センチをゆうに超えている。何かあれば自分の力で相手をねじ伏せられる自信もあった。しかしそれはあくまで同じ世代の男たちの中での話であることを、八戒は成人男性と向かい合って初めて理解した。
男は基本的に優しかったが、八戒が少しでも抵抗を見せると声色を変えた。口調は丁寧なままなのに、腹の底に響くような低く小さな声を出した。変貌する男の態度に、まだ中学生の八戒が怯えてしまうのは当然のことだった。
相手の男に対して恐怖を覚えた瞬間、八戒は心の中で三ツ谷の名前を呼んだ。助けてタカちゃんと叫んだところで、渋谷駅からはずれたラブホテルの一室に三ツ谷は助けには来れない。
八戒は男に身を委ね、されるがままとなった。体中にキスマークを付けられ、堕落の烙印を押された八戒は、どうせ想いが届かなくても、三ツ谷に好きだといえばよかったと思った。八戒は知らなかったのだ。何も言わずに諦めて、好きでもない男の腕の中にいることが、これほど虚しいことなんて。
しかしそう考えた直後、八戒はダメだと頭を振った。告白をしてしまえば、二度と三ツ谷のそばにはいられないだろう。そう思えば、八戒の心に芽生えたほんの少しの勇気が煙のように消えていく。
八戒は先日覚えたばかりの四文字熟語が頭に浮かんでいた。それはキスマークのように自分の体に刻み込まれた気がした。
2022/01/09