アンドロイド2−家族との話
八戒は自分が思っているより手足が長い。軽く伸びをしたつもりが、壁に手や足をぶつけてしまうことは日常茶飯事だった。細身な体と美しい見た目に反して体が頑丈である為、ちょっとやそっとの痛みでは動じないのでますます小さな怪我を作った。
これくらい平気だとタカをくくっていた日々は遂に問題を起こす。ミツヤに面倒を見てもらいながら宿題を終え、ひと段落着いたところで二人は居間に下りてきていた。休憩がてらおやつでも食べようとミツヤが準備していると、大きなあくびと共に伸びをした八戒の手が飾ってあった壺に触れる。ぶつかった壺はそのまま棚から落下し、床に着いた瞬間大きな音を立てて木端微塵になった。それは八戒の父が昔購入した有田焼の壺で、とても高価なものであった。
八戒は血の気が引いた。八戒はお手伝いさんがそれをいつも丁寧に掃除していたことをよく覚えている。詳細な値段は知らないが、それがとても大事にされているものだということは分かっていた。
実際のところ、父はほとんど帰ってこないし、この程度のものを壊したところで八戒を大きく叱ったりはしない。それははなから子供に関心がないことが大きい。
厄介なのは大寿である。柴家にはこうした骨董品がいくつかあり、大寿自身は興味もないが、それを価値あるものとして扱い、相応の振る舞いをするのは当然のことだと思っていた。八戒がその価値も理解せず、いつまで経っても落ち着かないところが問題だとして、怒り狂う姿は容易に想像がつく。
その時、家にはミツヤと八戒しかいなかった。八戒がそれを壊してしまった事実を知るのはミツヤだけである。ミツヤは自分の仕業だとして罪をかぶるつもりだったが、八戒は壺を落とした際に手を怪我してしまい、動かぬ証拠があった。
どうしよう、と八戒は狼狽えていた。すでに大寿のことを考えて顔面が蒼白している。
「正直にいうぞ」
ミツヤは一切動じず、はっきりとそういった。
ミツヤがとても冷静でいられるのは、アンドロイドだからではない。ミツヤは八戒だけの兄としてこの柴家に仕えているが、大寿だって主の一人である。事あるごとに粗相をしたらスクラップにすると口癖のように言われているし、大寿に対して恐怖心がないわけではない。
だが八戒がやっていないと言ったところで、そんな嘘はすぐにバレてしまうだろう。大寿の前では八戒は嘘を吐けないし、大寿自身もカンがいい。
ミツヤは怯える八戒の頭を撫でながら、大丈夫だからと優しく言う。ミツヤは八戒を勇気づけるように、恐怖で揺れるその瞳をまっすぐに見つめていた。
二人は壊してしまった壺を片付け、大寿の帰りを待った。落ち着かない八戒に対し、ミツヤは普段通り、夕食の準備を始める。
思い詰めた顔をして、ソファーから動かない八戒を見かねてミツヤが声を掛ける。手伝うか? と軽い口調でいったものの、八戒は上の空のままで返事をするので、ミツヤは小さく溜息を吐いた。このままだとまた同じようなことが起こることは目に見えていたので、ミツヤはやっぱりいいやと、八戒にはテレビでも見て待っているように言った。
食事の支度が終わり、料理がテーブルに並ぶ頃、柚葉、続いて大寿が帰宅する。炊けたばかりのご飯をよそいながら、それぞれが席についた。
ミツヤは食事の必要がないので、端の席に座り、三人が食事する様子を眺める。八戒が俯いたまま食事をしていることと、あるはずの場所にない壺に気付いた大寿がピクリと眉を上げた。
「おい、そこにあった親父の焼き物はどうした」
一瞬、食卓に音が消える。
「ゴメン大寿くん。昼間、落として割っちまった」
ミツヤは八戒が口を開くのを待っていたが、恐怖で硬直していることに気付いて口を開く。
あ゛? とドスの利いた声で大寿が凄むのを、ミツヤは顔色一つ変えずに向き合う。
「誰がやった?」
「……八戒だ」
「そうなのか?」
大寿の鋭い眼差しが八戒に向く。ゴメンナサイ、と小さな声で八戒が答えた。
食事は中止だ。そう言って大寿が立ち上がる。お仕置きが必要だと言ってテーブルを脅すように叩き、その音の大きさに八戒がビクついた。
弟の身を案じた柚葉がすかさず立ち上がり、八戒を庇おうとすると、柚葉の体を制してミツヤが前に出る。
「なんだミツヤ。機械の分際でオレに楯突こうっていうのか?」
「いや、割った原因はオレにある。ヨロけたオレを八戒が支えて、その時にぶつかって落としちまったんだ」
「八戒の手の怪我は」
「その時の破片を片付けた時に切った」
そこで一度会話が途切れる。大寿は八戒を見て、そうなのか、と念を押すように聞いた。
八戒は頭が真っ白になりながら、『オレが割った』とだけ呟く。
「八戒にお仕置きが必要っていうなら、受けるべきはオレだ。八戒がオレを助けなきゃぶつかってない」
大寿とミツヤが睨み合う。大寿はミツヤの行動、発言に違和感がないか、じっくりと観察していた。
大寿は人心掌握に長けている。それは人の心を読むのが上手いということだ。
しかし対、ミツヤに関しては、その特技も意味をなさない。アンドロイドであるミツヤには、人間が見せるような動揺を再現する機能は備わっていない。仕事には邪魔なためにそういった感情表現は取り払われていた。
ほんの少しの間の後、大寿は舌打ちをして席に着く。ミツヤの発言が嘘か本当か、確かめるすべはなかった。八戒を追い詰めたところで、また同じように答えるだけでこれ以上意味はないだろう。かといってミツヤを人間と同様に教育したところで、機械相手ではこれもまた意味がない。
「オマエの発売元にクレームを入れておく。次やったらマジでスクラップだぞ」
「ああ。心得ておくよ」
ミツヤはそう言ってゆっくり席に着く。食事中に悪かったな、と柚葉に笑いかけて、柚葉も続いて腰を下ろした。
ミツヤはテーブルの下で八戒の太ももを軽く叩く。やったな、と作戦成功を祝うようであった。
2022/02/25