男でも女でもないもの
大寿にも柚葉にもあるべき男像を求められ、大好きなタカちゃんにも男らしさを求められ。
別に男が嫌いなわけでも女になりたいわけでもないけど、俺は男って人間じゃなくて八戒って人間なんだよなぁって少しどこかでうんざりしている八戒がいて。
アナニーしてる時は自分が男でも女でもないものになった気がして、圧力から解放されるみたいな話
* * *
渋谷にある柴家の家はとても広く、子供一人一人に部屋が割り当てられている。
末弟の八戒は部屋で一人、ズボンを下ろしていた。ベッドの上で両膝をつき、少し腰を浮かせている。片手には自慰用に買ったディルドを持ち、よく解した自身のアナルに突き立てていた。
家には姉の柚葉もいたが、部屋の一つ一つの防音がしっかりしているため、中で何が行われているかは分からない。また、八戒が年頃なこともあり、柚葉は無遠慮に弟の部屋に入ったりはしなかった。
父親は仕事が忙しく、自宅には年に数回、顔を出すだけであることと、長男の大寿も殆ど家に寄りつかないため、八戒のプライバシーはしっかりと守られている。
フー、と息を吐きながら、八戒は自身の尻たぶを外側に引っ張る。皮が引っ張られた分だけ尻の穴が小さく口を開け、ディルドの先端が押し入った。亀頭が入り込むと、あとはディルドを立てて腰をゆっくりと落としていく。体の重みで肉棒を模した玩具が呑み込まれ、それは直腸の奥まで届いた。
八戒は尻の中に収まったディルドを味わうように目を瞑る。はー、はーとゆっくり深呼吸を繰り返すと、尻の中もぎゅーっぎゅーっと締まって気持ちがよかった。
八戒はディルドを挿入したまま腰を高く上げ、四つん這いになった。片手で体を支えながら、空いた片手でディルドの底を掴む。ゆっくりと引っ張り、抜け落ちる寸前になると、八戒は再びぐっと力を入れてそれを押し入れる。突くようにして一気に奥まで挿入すると、八戒はその気持ち良さに甘い声を上げた。
ディルドを突き入れる際、八戒はわざと乱暴に押しこむ。わずかな痛みと息苦しさが、自分ではない誰かにされているような感覚になって、八戒はひどく興奮するのだ。
快感を求めると、ディルドを動かす手は自然と早くなる。ずぷずぷという淫らな音が大きくなると、八戒の興奮は増していく。滑りが悪くならないように時折潤滑剤を足しながら、八戒は存分にアナニーを楽しんでいた。
八戒は幼い頃、兄の大寿に殴られるたび、男に生まれてこなければよかったと思った。そうすれば少なくとも、大寿の求める強さと正しさを、ここまで強要されることはなかっただろう。
八戒は思春期の頃、女に生まれていればよかったと思った。性自認は男で、女になりたい願望があったわけではないが、好きになった三ツ谷という男が、殊更男というものにこだわっていたからだ。八戒自身は、人を好きになることに性別は問題ではなかったが、三ツ谷と付き合いたいと思った時、少なくとも女でなければ、八戒はその候補に挙がることすらできないと思った。
オナニーの中に、肛門を使うやり方があると八戒が知ったのは、随分前のことだ。幼馴染の三ツ谷に対して特別な感情を持ち、同性とのセックスの方法を調べた時、たまたま知ることになった。はじめ、排便をする肛門を弄って気持ちよくなるなんて信じられず、八戒はひどく驚いた。こんな世界があるものかと思ったが、どこか魅力的でもあった。男が女のように男性器を受け入れることができ、またそこで快感を得られるということが、八戒の知る男とは程遠いものだったからだ。
今では、一人で慰めるこの時間が、八戒にとって特別な意味を持つようになっていた。
八戒は顔をベッドに埋め、抑えられない声を隠すために口元を布団で覆った。こもった声が柔らかな布団の中に吸い込まれて消えていく。あー、あー、という甲高い喘ぎ声が女性の嬌声を思わせる。
じゅぷじゅぷっ、ちゅ、ぢゅっ、ぐちゅっ。八戒のアナルを出入りするディルドが下品な音を奏でる。八戒は何度でも絶頂を味わいたくて、ディルドを動かす手が止まらない。
八戒は尻の割れ目に手を固定すると、手首を利かせて素早い出し入れを繰り返した。短い間隔でズクズクと奥を責め立て、八戒の喘ぎ声がより卑猥なものへと変貌していく。
「ハァーッ、……あッ……あああッ……あッ、アァッ……」
八戒は前立腺で快感を得ることにすっかり慣れていた。己の直腸の中に女性器のGスポットにも似た性感帯があると思うと八戒は不思議な気持ちになる。
八戒はアナルで自慰をするようになってから自分の性器をほぼ触っていない。はじめは一般的なオナニーの方法として男性器を擦っていたのだが、射精して熱が冷めてくると強い罪悪感が沸き上がるようになり、ほどなく自分には向いていないと思うようになった。
いまでも、八戒は男性器を擦れば気持ちいいと思う。射精で得られる快感はアナルで得る気持ち良さとも違い、より強い性的快感を追い求めようとすれば、男性器での快感を捨てることもない。
しかし八戒は、男しかできない、男根を擦るこの行為を、どうしても好きになれなかった。それは自分がいかにも男であると自覚させられるようで嫌だったのだ。
八戒は幼き日より大寿に厳しく躾けられた。柴家の男として立派に育つようにと、誰よりも強く逞しくあれと言いつけられていた。
元来、八戒は優しい男だ。大寿の持つ圧倒的な強さに憧れたこともあるが、暴力を好んでいたわけではない。それ故に、八戒は男というものに懐疑的でもあった。
それは姉である柚葉に対してもそうだ。柚葉は姉として八戒を守り、なるべく八戒が楽しく、幸せに過ごせるようにと大寿から守ってくれた存在であったが、そこには大寿とは違った方向で、男として立派になって欲しいという思いがあった。優しく、麗しく、人の上に立つような立派な人間になると信じてやまず、そしてそんな弟を支えてやりたい姉心があった。八戒はそんな姉の気持ちをありがたいと思ったが、素直に喜ぶこともできなかった。
これは八戒の想い人である三ツ谷にもいえることだった。三ツ谷は本当の兄のように八戒の面倒を見ていたが、その時に教えるのはいつもあるべき男の姿だった。大寿とも、柚葉とも違い、三ツ谷自身が守っている男としての矜持である。三ツ谷は格好いいところも、格好悪いところも見せ、八戒はいつしかそんな三ツ谷を好きだと思うようになるが、三ツ谷にかけられた期待にこたえられるかどうかはまた別の話である。
八戒はそれぞれからあるべき男像を求められるたび、それが自分とひどく乖離していると思った。八戒は自分が他者からどう求められているかわかっていながら、そういう自分になる想像が全くできなかった。
八戒は自分を、求められるような男だと思ったことはない。
だからといって、自分を女だと思う意識もない。八戒にとって、八戒は八戒でしかないのだ。
八戒は自室でディルドを突き立て、自分で覚えた方法で快感を得る度、己が男でも女でもない、別の生き物になった気がした。その別の生き物が本当の自分で、それこそが八戒という人間であるような気がした。
だが行為を重ねるたびに拡張していくアナルと、股間にぶら下がる性器が男性としての機能を失っていくと、八戒は大事な人たちの信頼を裏切っている気持ちになった。
それでも、この行為をしている時こそ本当の自分になれた気がして、八戒にやめることはできなかった。
2022/02/27