慰めの言葉も届かない
主人公がクラスのぼっちが気になって近付いてみる話のBLです。
* * *
一
夏の終わり、鈴虫が鳴いていた。都の緑化計画の対象地域になった俺たちの家の周辺には、この春植えられたばかりの木々が何本も並んでいる。もう虫が住み着くくらい馴染んでいることに、俺は驚いていた。
俺の家の周りに、まだ緑が少なくて、部屋の中を見られたら恥ずかしいからと、年中一階のカーテンが閉めっぱなしだった頃、俺は近くの高校に入学した。クラスには同じ中学の奴らもいて、俺はそうそうに決まったグループを作るようになった。いつも決まった奴らとつるむのが当たり前になった頃、俺はようやくクラスの全体を見るようになって、一人だけ浮いた浅野の存在に気付く。
浅野は前髪が長くて顔があまり見えなくて、黒髪のストレートヘアが綺麗だった。いつも一人で机に座って、スマホを弄っていた。
クラスでは流行ってるSNSがあった。俺の学校だけじゃなくて、俺たち高校生はみんなやってるSNSだ。俺は家に帰った後、みんなとフォローしあっているSNSを開き、検索画面へ飛んだ。俺のクラスで今まであった目立つ出来事を検索ワードに入れて、検索をかける。何度目かの検索のあと、俺が知らないクラスメイトのアカウントが引っかかった。名前は伏せていたが、浅野だとすぐにわかった。
ネットの浅野は明るいキャラクターだった。フォロワーはゲーム仲間のようで、毎日いろんな人とやりとりしていた。俺も好きなソーシャルゲームの話をしていて、浅野の作ったパーティはかなり強いものだった。
それから、俺は浅野のアカウントをたびたび覗きに行った。学校のグループとは別のアカウントを作って、浅野をフォローしに行った。浅野のことは一方的に見るだけで、絡みに行ったりしなかった。学校での俺と浅野の関係はその間何も変わらなくて、一度も話すこともないまま夏休みになった。
学校にいた時は、浅野と直接絡むことはなくても、視界の端にいつもの調子で椅子に座っている浅野が見えて、俺はそれを確認するのが日課になっていた。夏休みに入ってからはグループのメンバーとラインしたり、SNSで絡んだり、たまに遊んだりして会っていて、楽しいけど、俺の日常から浅野の姿は消えていた。
そのせいか、俺は浅野のSNSアカウントを覗く時間が増えていた。浅野は夏休みじゅうずっとゲームをしていて、夜更かししているようだった。フォロワーは社会人が多いみたいで、遊んでばかりいる浅野は宿題のことをよく心配されていた。家にいると遊んでしまうと言った悩みを吐露した浅野に、フォロワーの一人が図書館に行ってみればと提案した。
この辺にある図書館は一つしかない。とても大きくて、学習用のデスクも用意されている。浅野はフォローに促されるまま、早速明日行ってみる!という返信を残していた。
図書館に行けば浅野に会えるかもしれない。俺は何故か胸がドキドキしていた。何時に行くのだろうと、その後も浅野のSNSを覗いたが、時間まではわからなかった。俺は諦め、早起きを決意する。朝一で図書館に張り込もう。
次の朝、俺は持っている中で一番綺麗なTシャツを着て、自転車で図書館へと走り出す。まだ気温の上がらない空気に包まれながら、自分の行動ってけっこうヤバいかも、と思った。
二
図書館の利用は初めてだった。駐輪場の場所は限られていて、開館すぐだというのにすでに結構埋まっていた。中は外観の印象より広く、地上三階、地下一階の立派な建物だった。学習用のスペースは二階と決まっていたが、学習スペースもかなり広く、個室まで完備している。個室は一人用からグループワーク用と幅広く、プレゼンテーション用にモニターが付いている部屋もあった。個室の場合は利用に別途手続きが必要なようだが、俺は特に利用の制限のない、窓際の一人用スペースを利用することにした。周囲を見渡せるように一番奥の席に座ったが、広すぎる学習スペースすべてが把握できるわけではない。
俺は周囲にならってペンケースと宿題の問題集を広げた。図書館はとても静かで、みな自分の課題に集中しているようだった。俺はチラチラと周りを見ながら、スマホを開いて浅野のSNSをチェックする。おきまりの朝の挨拶を呟いて以降、浅野の投稿はなかった。
時刻は十時十分。図書館の利用者はまだ少なかった。俺は周りを気にしながら、暫くその場で浅野を待ってみることにした。
時刻は十一時。一向に浅野は現れない。俺は貴重品だけ持つと、自分のスペースから見えない場所に浅野がいないか歩き回った。利用者は大人ばかりで、高校生自体が少ない。ぐるりと一周した後、俺はまた席についてスマホを開いた。浅野の投稿はなかった。
一時間が経過し、昼の十二時になる。何人か周囲の人たちがいなくなり、入れ替わるように人が入ってくる。早めの昼食を終えた、午後の利用者たちだ。俺はまた同じように歩き回り、浅野を探したが、やっぱりそれらしい人はいなかった。
更に一時間が過ぎた。俺は昼食も食べずに浅野を待った。めちゃくちゃ腹が減っていたが、浅野と入れ違いになるのが怖くてずっと我慢した。スカスカの腹がグーグーと鳴ってかなり目立って恥ずかしかった。
午後の二時になった。今日で一番人が多くなった。席は埋め尽くされ、空いている場所がないか探すような人が何人かいた。俺はまた荷物を置いたまま歩き回ったが、やっぱり浅野はいなかった。
SNSを何度開いても浅野の投稿はなかった。『早速明日行ってみる』という言葉も、別にそういう返事をしただけで、必ず来ないといけないわけじゃない。勝手に盛り上がってしまった自分が間抜けに思えた。朝から四時間近く机に向かっているのに、浅野が気になって課題もまともに進んでいなかった。
空腹のせいか、俺は心が折れかけていた。今日の図書館がダメでも、長い夏休みの間に浅野と会える機会は別にあるかもしれない。そう諦めかけた頃、俺の近くにうろうろと空いている席を探し回る浅野が見えた。
浅野は座っている人の様子を観察しながら、席を立つ人がいないか暫く待っていた。俺には気付いていないようで、浅野は背負ったリュックサックの肩ひもを握って立っている。しかし誰も動く様子はなくて、浅野はきょろきょろと席を探すように首を振っていた。
このまま空席がなければ、浅野は諦めて帰ってしまうかもしれない。俺は慌てて立ち上がると、壁に寄りかかって待つ浅野の元へ飛んでいった。
「なあ!」
突然声を掛けられた浅野は驚いていた。俺と浅野が会話をするのは今が初めてだった。
俺もすぐに浅野に声をかけるつもりはなかった。図書館で浅野の姿を遠くで見かければそれで充分だった。図書館通いがだんだんと慣れた頃に何食わぬ顔で声を掛けて、少しずつ仲良くなるつもりだった。
でもこの図書館がこんなに混んでいるなんて知らなかった。徐々に距離を近付けていけるほど余裕なんてないかもしれない。そう思うと、俺は多少無茶をしてでも浅野に声をかけなくちゃいけないと思った。
でも、目を丸くする浅野を見て、自分の行動がいかに突っ走っていたかに気付いた。俺は浅野のことを知っているけど、浅野は俺のことを知らないかもしれない。こうして目を合わせるのも初めてだった。
「あ! ごめんっ! 俺、阿波高でっ、同じクラスのっ。吉田なんだけど」
浅野は驚きながら、「うん、知ってる」と答えた。
「そ、そうか」
「うん」
「ハハ、そっか」
俺のことを知ってるなんて意外で、俺は照れ臭くて顔が赤くなった。
「……で、なに?」
「あ、えっ、えーっと……、浅野くん、席、探してる?」
「うん」
「そっか、ハハ……。俺の席、使いなよ」
俺はそう言って窓際の席を指差す。
「え、いいよ。空くの待ってるから」
「いいんだ、俺、もう出るし」
「ほんとに?」
「うん! 俺めっちゃ腹減っててさ。飯食いに行きたいし」
浅野は変な顔をして俺を見ていた。時刻は二時を過ぎている。なぜご飯も食べずにいたのか、不思議な顔をするのは当然だった。
頭使うと腹が減るんだよ! 俺は言い訳のように言葉を足した。
「……まあ、吉田君がいいなら。ありがとう」
「へへ、どういたしまして」
周囲にいた利用者は俺たちを白い目で見ていた。図書館は基本、私語が厳禁で、静かに利用しなくてはいけない。
浅野が会釈をして俺の前を通りすぎる。姿が見られたら満足だったのに、お礼を言われるなんて幸せだった。ホクホクになる心と、得意げな気分に浸った直後、俺はハッと我に返る。
「待って!」
慌てていた俺は声のボリュームのコントロールを間違えた。俺の大声が図書館中に響いて、周囲の目が一斉に俺を向く。巻き込まれた浅野は嫌そうな顔をしていた。
俺は浅野に申し訳なく思いながら、ずうずうしくも浅野に駆け寄る。最後に、と少しだけこそこそ話をした。
「何時までいるの?」
俺の質問に浅野は口を噤んでいた。いきなり声を掛けられて、図書館で白い目で見られて、きっと浅野は俺に関わりたくないと思ったに違いない。
それでも、俺は必死になっていた。最初から印象が悪くて、もうこれ以上悪くしたくないと思うのに、同時にこのチャンスを逃したくないと思っていた。
浅野は引き下がらない俺に折れて、「四時までいる」と答えた。
「一緒に帰らない? 俺、外で待ってるから」
浅野はまた少し間を置いた後に、わかったと答えた。
三
図書館の周辺にご飯が食べられるような場所はなかった。俺は駅まで自転車を飛ばし、牛丼屋でお腹をいっぱいにすると、また自転車を飛ばして図書館に戻ってきた。
約束の四時までまだ一時間はあった。図書館に戻って勉強の続きをするつもりもなかったし、急いで戻らなくてもよかったのだが、万が一浅野が帰ってしまったらと思うと、俺は約束までの時間に少しでも多くの余裕が欲しかった。
よく考えてみると、初めて話したとはいえ、浅野だってクラスメイトとの約束を無視して帰るような事はしないだろう。その時の俺はとにかく焦っていて、そんな発想も思い浮かばなかった
約束をしているとはいえ、さすがの俺でも浅野の目に入る場所で待つ勇気はなかった。しかし図書館の別フロアで時間を潰している間に、俺との約束を忘れて帰ってしまうなんてことは避けたかった。
結局、俺は図書館の玄関にある石段に座って待つことにした。待っている間は浅野も好きなソーシャルゲームを開き、少しでも話題についていけるようにストーリーを進めていた。
「おーい」
あんなに心配だ、と思って図書館の前で待っていたのに、俺はゲームに夢中で浅野に声を掛けられるまで目の前にいる事に気付かなかった。
「わっ!」
「けっこう待ってた?」
気の抜けた姿を見られて恥ずかしくなりながら、俺はスマートフォンをポケットにしまう。
「吉田くん、どっちから帰んの」
「俺こっち、北方のほうから」
「そっか。俺は阿久津駅のほうだから、逆だね」
「え」
図書館は三つの駅のちょうど真ん中に位置し、それぞれの方向に三つ股に大きく道が分かれている。
「えっ、駅までっ! ついてっていい!?」
俺は浅野と帰る方向が分かれることを考えていなかった。必死になる俺を、浅野がまた引いた目で見ていた。
「別にいいけど……帰るの面倒じゃないの」
「俺ヒマだから! チャリあるし!」
そう言った瞬間、駐輪場から自分の自転車を回収しておけばよかった、と俺は思った。さっき昼ご飯を食べに自転車を使った時、すし詰めになった駐輪場から自転車を取り出すのに苦労したのだ。
浅野は俺と共に駐輪場に行き、俺が自転車を引っ張り出しているのを端で立って待っていた。急いで取り出さなければと思うほど手こずって、俺は自転車を取り出すのに五分ほどかかってしまった。
俺は自転車を押しながら、浅野と共に阿久津駅を目指した。阿久津駅には行ったことがなかった俺は道も分からず、浅野の後ろを子供のようについていった。
浅野に対する興味はあったものの、浅野と仲良くなるための話題が分からず、自転車を押しながら俺は暫く黙っていた。友達の作り方なんて考えたことがなかったのに、浅野の好きな話題は何だろうと悶々とした。浅野の好きなゲームは知ってるし、俺もやっていてわかるし、実際に会ったら話題に出そうと思っていたのに、いざとなると俺と浅野じゃゲームのレベルが違っていて、知識の浅い俺の話じゃ浅野は楽しめないような気がして言い出せなかった。
「なんか話があるんじゃないの」
少し前を歩く浅野はちらりと顔を振り返って俺にいう。浅野からすればそう思うのは当然だった。
「話……は、べつに……」
無理矢理約束をし、遠回りしてまで一緒にいるのに、こいつは何を言ってるんだろう、と俺は自分自身に思った。
「ふーん」
浅野は正面に向き直り、また黙っていた。駅に着くまで十分しかなく、すぐに駅に着いてしまうのに、俺は話し出す勇気が出なかった。勇気は出ないのに、浅野と仲良くなりたい気持ちは消えてなくて、俺は自転車を押して歩くスピードを少しずつ遅くして、駅に着くまでの時間を少しでも長くしようと姑息な手段に出ていた。
しかし前を歩いている浅野は俺が少しずつ遅く歩いていることに気付いてなくて、俺と浅野の距離はどんどん離れていく。俺は浅野に気付て欲しくてじっと背中を見つめるけど、フィクションの世界みたいにそう都合よく浅野が気付いて振り返ったりはしない。
道路には人や車の数が増えてきて、駅はもうすぐなんだと思った。意気地なしでいる間に、折角作ったチャンスを棒に振る。
「ちょっと待って!」
俺の声で浅野はようやく足を止めた。いつの間にか広がった距離は、一緒に歩いているとは思えないほど離れている。浅野は小走りして俺の元まで戻ってきて、「ごめん、気付かなかった」と申し訳なさそうに言った。
「こっちこそごめん」
俺も謝った。浅野の優しさに自分のしたことが恥ずかしくなる。浅野は俺が遅く歩いていたことに気付いていないままだ。
浅野はまた俺と共に歩き出す。もう駅が近いせいもあって、浅野は少し前じゃなくて、隣を歩いていた。浅野は今まで一番近くで歩いていて、歩く速度も俺に合わせてゆっくり歩いている。いつもつるんでいる奴らといるみたいで、俺は今なら喋れるような気がした。
「浅野君ってさ、学校でいつもスマホ弄ってるけど、ゲームしてるの?」
「そうだよ」
「俺もゲーム好きなんだ」
「そうなの?」
「始めたばっかだけど、ワイルドサーガってやつ、やってる」
俺もやってるよ。浅野は声のトーンを少し高くして答える。俺は浅野のSNSで確認しているので、それは勿論知っていた。
「マジ? 面白いのに、周りでやってるヤツいなくてさー」
「俺も! 面白いのになー!」
今日、俺は初めて浅野が楽しそうな姿を見た。学校での浅野はいつも静かで、暗いわけではないけど、楽しそうな姿も見たことがない。
「吉田君ってよく図書館行くの?」
浅野は初めて俺に話題を振った。俺は初めてとはいえず、たまに、と答えた。
「浅野君は?」
「俺は初めて。あそこがいいって勧められてさ」
図書館などにとんと縁のない俺は、この辺りだとあの図書館の設備がいいことが有名だということに、地元だというのに全く知らなかった。
「勉強もいいけど、漫画とかも借りれるじゃん、あそこ」
「そうらしいね」
俺は白を切る。もちろん漫画を借りられるなんて知らなかった。
「俺、漫画も好きなんだよね」
浅野は楽しそうだった。話が始まると饒舌で、話す内容も面白い。SNSで見た呟きみたいに明るいし、友達がたくさんいるのもよくわかる。それなのに、学校ではいつも一人で、俺は不思議でならなかった。
話がちょうど盛り上がってきた頃に駅に着く。自業自得だが恨めしかった。浅野は手を振って改札に向かった。俺は浅野が見えなくなるまでそこを動かなかった。
2022/02/24