アイについて1
一
分厚い雲が急速に発達し、空が薄暗い雲に覆われていく。ヒヤリとした風が出てきて、悟空は慌てて農具を倉庫に運び込んだ。水に弱い野菜たちに薄いビニールを掛けたところで、パオズ山にザアッと強い雨が降り注ぐ。悟空は急いで家に戻り、窓からその景色を眺めた。雷がゴロゴロと鳴り始めると、悟空は作業着を脱ぎ始める。どれほど仕事が山積みでも、雨が降れば農業はおしまいである。いつもより早めに仕事を切り上げ、時刻はまだ午後二時を過ぎたばかりだった。修行でもするかと早々に道着に着替えると、悟空はベジータの元へ瞬間移動した。
魔人ブウを倒して暫く、地球は平和な日々が続いていた。悟空の日課だった修行は農業の合間にする程度になり、体を鍛える時間はかなり減っていた。チチに言わせると、まだまだ仕事に費やする時間は短いという。農業は土日も関係なく働くため、会社勤めよりよっぽど休みはないのだが、そういうことをいえば倍にして返されるのは分かっているため、悟空は粛々と仕事をこなした。
「よお」
瞬間移動した先はカプセルコーポレーションの重力室だった。ベジータは体に重りをつけ、特殊素材で出来たダンベルで筋力トレーニングを行っていた。悟空が勝手に入ってくる事には慣れていて、ベジータは挨拶に返事もせず体を動かしていた。
「仕事が早く終わってよ。ちょっと組手しねえか?」
「フンッ、いいだろう」
ベジータがダンベルを置き、体の重りを外すと、二人は人気のない荒野を目指してすぐさま飛び立っていった。
悟空は時間が出来るとベジータを誘い、遠い荒野で修行をした。パオズ山では天気が悪くても、二人の飛ぶスピードであれば晴れた場所まで移動することも簡単だった。もちろん雨の中で修行してもいい。戦うときがいつも晴れだとは限らない。
悟空はどれほど地球が平和になっても一切手を抜くことなく体を鍛え続けた。悟空がワクワクするような敵の気配はなかったが、そんなことは関係ないと日々の鍛練を続けていた。昨日より今日の自分が強くあるように、体を鍛え、強くなることが悟空の生き甲斐だった。
しかしその考えは、日を追うごとに周囲に理解されなくなっていった。決まった休みがないのだから、少しでも時間ができたら家族のために時間を使って欲しいとチチはいった。では息子たちといっしょに修行をしようと提案すれば、都へ買い物に連れていったり、遊園地へ行けとチチはいった。悟天は修行よりもオモチャで遊ぶ方が楽しいといい、悟飯は勉強で忙しく、父の修行に反対はしなかったが、すっかり武道とは縁遠い生活を送っていた。
環境が変わり、周囲が変化しても、悟空は幼い頃、一人で過ごしてきた時から何も変わらなかった。悟空は自分を変える気はなかったが、変わっていく家族を見ると、そうはいっていられないのだと思った。悟空は自分なりに周囲に合わせ、出来る限り努力をした。仕事をして、家族のために働いた。家族の言う通りに過ごせば、きっと新しい毎日も楽しくなるのだろうと思った。そうしてあえて修行から離れてみたこともあったが、悟空が自己鍛練について考えないことはなかった。大切な家族と過ごすほど、その家族を守る強さの重要性を感じた。結局悟空から修行を取り上げることは出来なかった。
悟空とベジータはお互いの行動の先を読み、体を入れ替えながら腕を振り、足を振った。力一杯振り下ろされるベジータの蹴りを悟空が両腕で受け止めると、弾くようにベジータの体を拭き飛ばし、離れた拍子に気弾を放つ。ベジータは正面に飛び込んできたそれを皮一枚でかわしていく。
二人はサイヤ人である。戦闘に関してこれほど頼もしい相手はいない。それはこうして手合わせする時も同じだ。二人は手加減なくやりあった。一発でもまともに当たればただではすまない。しかしそれほど緊迫した戦いにこそ価値があり、傷付く覚悟があるからこそ本気の修行ができるのだ。
二人は暫く体を動かしていると、流石に疲れが出始めた。手合わせをはじめてから一時間以上経過していた。二人が全力で戦うことは、並の体力の消耗ではない。二人は木陰に移動し、体を休めることにした。
悟空は腰につけていた袋からカプセルを取りだし、一つをベジータに投げた。ブルマが最近開発した医療カプセルである。仙豆をイメージして作ったもののようで、カプセルの中に入ったドライフードを食べると疲労回復の効果があった。本物には遠く及ばないが、地球人が作ったものにしては十分な出来であった。二人はそれを食べ、水分を摂ると、五分も経たずに再び手合わせを始めた。
悟空はベジータと過ごす時間に居心地の良さを感じていた。ベジータが悟空のどんな要望にも答えるからだ。それはベジータが悟空に合わせているからではない。ベジータも悟空と同じ感覚を持っているからだ。殆ど休みなく動くことも、地球人から見れば無尽蔵の体力も、二人にとってはすべて普通で、当たり前のことだった。
悟空は平和な毎日を過ごし、そうした中でベジータと過ごすことで、その感覚がよりはっきりとしていった。それは戦い以外でも、感覚を共通する事が多々あったからだ。
悟空は時折、持ち前の優しさからは信じられないほど合理的に物事を判断した。それは時に悟空をとても冷たい人間だと評価した。しかしベジータだけは、その判断に理解を示した。それは悟空にとって大きな発見であった。自分がサイヤ人であり、こうした感覚を本当に分かち合えるのがベジータしかいないという発見だ。
悟空はその感覚を強める度、家族と自分がはっきりと別の人間であることを感じた。悟空は地球で育ったが、紛れもないサイヤ人だった。サイヤ人は地球人に近い見た目をしているが、生物として地球人と大きく違っていた。悟空は地球が平和になっていくたびに、自分が戦闘民族なんだということを実感していくのだった。
寂しさはなかった。それは仕方がないことだからだ。家族とは相変わらず仲が良いし、自分がサイヤ人であろうと関係なかった。
時に、チチは、悟空に年相応になれと言った。サイヤ人である悟空にはその感覚が理解できなかった。見た目は若々しく、体力の衰えもほとんどない悟空に、地球人のように歳をとり、変化していくことはできない。息子が大きくなっていくと、次の世代が育ち、自分たちの役目は終えていくんだという感覚はあった。だが、それと自分が変化していくことはまた別の問題だった。
地球人は変化していく。時や環境によって自分を変え、順応する。サイヤ人は自分たちに合わせ、世界を変える。
そう思う時、同じサイヤ人であるベジータは、自分と比べて地球という星に順応し、変化していると悟空は思った。
「悩みごと相談のつもりか?」
二回目の休憩だった。先ほどと同じようにドライフードを食べ、二人は水分補給をしていた。
「そうじゃねえよ。おめえのこと感心してんだ。オラなんか、チチに怒られてばっかでよお。都もまだ慣れねえし」
「それはきさまが田舎者だからだ」
ベジータはドリンクを飲み干すと、石ころほどの大きさまでドリンクケースを握りつぶした。
「きさまのほうがよほど地球人らしく生きてやがる」
そうか? 悟空が首を傾げると、そうだ、と念を押す様にベジータは言った。悟空は悩むように宙を見て、ベジータはいつもの難しい顔をして座っていた。
「ブルマに言わせれば、オレたちなんて大差ないようだがな」
ベジータはそう言って立ち上がる。きさまも早くしろ。ベジータはそういって、ゆっくりとドリンクを飲んでいた悟空を急かした。くだらないことで時間を潰してる暇はない。悟空は慌ててドリンクをしまうと、二人は再び空へ飛び立っていった。
2019/08/25