アイについて2


   二

 悟空は鍬で土を耕しながら汗を流していた。この頃は天気がよく、修行に出掛ける暇もなかったが、重りをつけながら農作業をすることでそれを修行代わりにしていた。悟空はほぼ一人の力で畑を整備し、苗を植える。様々な種類を植えることで収穫時期をズラし、年中野菜が採れるように工夫していた。出来た野菜は一部を残して市場に持っていき、その売上が生活費となった。野菜を売って出来たお金というのは、悟空が武道大会などで得る賞金と比べてかなり少額であった。これっぽっちしか貰えないのか、とガッカリした気持ちになったものだが、一般的な労働の対価としてはごく普通の金額であった。今までの生活は修業ばかりで、悟空が地球人の一般的感覚を学ぶ機会は殆どなかった。悟空はそうした毎日で少しずつ地球での普通というものを学んでいった。
 悟空は農業に慣れてくると、収穫した野菜の一部を持ってベジータのところに出向いた。いつもお世話になっているから、野菜くらい持って行けとチチが悟空に持たせたものだ。悟空はベジータを修行に誘うついでにブルマに野菜を渡した。ブルマはお礼に新しい家具や便利なカプセルをくれた。こうした物々交換が始まると、チチは修行についてあまり文句をいわなくなった。家族から文句を言われることが少なくなると、悟空とベジータの修行の頻度は少しだけ高くなった。
 街を離れ、誰もいない場所でベジータと戦っていると、悟空は日々の暮らしを忘れて手合わせに熱中した。ベジータと激しい攻防を繰り広げていると、悟空は戦いに明け暮れた頃のようで懐かしい気持ちになった。
 「土いじりばかりしてやがると思えば、やるじゃないか」
 悟空の蹴り上げたつま先がベジータの額を裂いた。皮膚の表面に僅かだが一筋の線が走り、ほのかに赤い血が滲む。
 「へへ。オラも工夫してっからな」
 自信満々にいう悟空をみて、ベジータはにやりと笑う。嬉しそうなベジータの笑みに悟空も嬉しくなった。悟空の力が鈍っていないかどうかが分かるのは、もうベジータしかいない。
 ベジータは一瞬で悟空の目の前から体を移動させ、背後に回った。体当たり気味に肘を当てられ、悟空はふっ飛ばされる。大きな岩山にぶつかった悟空は瓦礫に埋まった。やり返してやったとベジータが得意げな顔をする。
 二人が夢中になって体を動かしていると、あっという間に時間が過ぎて行く。日が沈み始めると、悟空はどれほど盛り上がっていようと戦いを中断させた。悟空は日が暮れるまでに家に戻らなければ夕食が抜きになってしまうからだ。ベジータは呆れた顔をしながら、わりぃと言って謝る悟空と共に家路を急いだ。
 悟空はベジータと二人きりで修行に励む日々に、クリリンとの修行の日々を重ねていた。クリリンは仕事で忙しく、すっかり武道と離れてしまった。空いた時間に鍛錬を重ねているようだが、今は娘の成長を見守るのが楽しいという。すっかり父の顔になっているクリリンに、地球が平和になってよかったと悟空は心底思った。
 クリリンが武道から離れてしまうことに残念な気持ちもあった。ずっと一緒に武の道を究めていけると思った。しかし悟空はクリリンと少しずつ道が分かれていくことに気付いていた。クリリンは地球人で、サイヤ人とは違う。
 サイヤ人であるということを、ベジータは出会った時から今日まで、事あるごとに強調する。悟空はその気持ちが分からなかったが、最近は少しだけ理解できるようになった。
 悟空は自分がサイヤ人であるということを自覚していくと同時に、ベジータに対して特別な意識が生まれていた。悟空は相変わらず強い奴が好きだ。地球人も、サイヤ人も、人間でなくてもそれは変わらない。しかし、悟空は強いということ以外で、ベジータを特別な存在に感じていた。何気ないことでベジータと分かち合える瞬間が増えていくと、その思いは更に強くなった。
 半年の月日が経った。ドラゴンボールを使い、一部の関係者を除いて魔人ブウの記憶は消えていった。魔人ブウに関係する記憶も改竄されることになり、その中でベジータが地球の人々を殺した記憶も消されることになった。ベジータのしたことを記憶から消そうといったのは悟空である。これから地球で暮らす上で、記憶があったままでは暮らしにくいだろうと悟空はいった。
 「あん時だけだろ、ベジータがおかしくなっちまったの」
 悟空は説得するようにいう。端にいたベジータは不敵に笑った。
 「そんなことを言っていいのか? またいつオレが暴れ出すかわからんぞ」
 「いじわるいうなよ。おめえがそんなヤツじゃねえことは分かってるさ」
 ベジータの罪は許し難いものだったが、ベジータがいなければ地球を救うことはできなかった。神龍に極悪人と判定されなかったことも例に挙げ、結果悟空の望みは叶えられることになった。
 ドラゴンボールで願いを叶えた翌日も、悟空はいつものようにベジータの元に現れ、修行に誘った。ベジータは重力室で重りをつけ、筋力トレーニングをしていた。ベジータはいつも通り誘いに応じると、身につけていた重りをゆっくりと外していった。
 「カカロット、きさまなぜあんな願いをした」
 悟空は状況が呑み込まず、目を丸くする。ベジータは昨日のドラゴンボールでの願いについて話しているようだった。
 「あん時もいったけどよ、忘れてもらったほうが生きてくのにラクだろ?」
 「……お気楽なやろうだ」
 ベジータが着替えを終えると、二人はカプセルコーポレーションを飛び立った。誰もいない場所へと向かっていく。
 天気は晴れだった。日は高く、今日という一日はまだまだこれからだ。二人はいつもとは違う海のほうへ向かっていた。この快晴からは想像できないほど、午後の天気は荒れるらしい。高潮の海の上で戦うのもいい修行になるだろう。
 「オラが覚えてっからいいんだ」
 悟空は隣に並ぶベジータに言った。先ほどの話の続きらしい。
 悟空はベジータの行動も、気持ちも、全て昨日のことのように覚えている。それは不思議なことに、日を追うごとに鮮明になって悟空の心に反芻する。全てを捨てても自分と戦いたいと思ってくれたベジータに、悟空は日毎特別な感情を強くしていた。
 平和な世界は環境を変え、人を変えていく。悟空は様々なことを学び、共に戦った仲間たちにも知らない顔が増えていった。だが変化する世界の中で、変わらずあり続ける自分の隣はいつもベジータがいる。悟空はそんなベジータに、今まで感じたことのない情を覚えていた。
 悟空はその思いが何であるか、うまく説明できなかった。ただの仲間意識のようで、しかし、クリリンや家族に対する思いとは違っている。それはベジータが自分に対する思いに似ている気がすると悟空は思った。
 ベジータは真剣な顔をする悟空を一瞥すると、何も言わずに再び正面に顔を向けた。二人は嵐の待つ海を目指してスピードを上げていった。

2019/08/25