時間の問題 3
三
二月以来、金城は福富に連絡をすることはなかった。福富もまた、金城に連絡することはなかった。友人としての一線を越えた出来事なんて数えきれないほどした二人だったが、今回ばかりは今まで通りとはいかなかった。このままではいけないと思いつつ、自分のしたことに整理がつかない金城は、毎夜スマートフォンにおさめられた福富と交わした履歴を眺めることしかできなかった。
三年生の先輩方が学校を卒業し、間もなく新入生が入ってくる春の頃、金城のスマートフォンが一通のメールを受信した。福富から久しぶりの連絡だった。
時候の挨拶に、新チームの状況をうかがう簡素な内容だった。金城はすぐに返事をした。福富と自転車の話をするのはインターハイ後の謝罪以来だった。理想的な戦友のようなメールを交わした二人は、最後に会う約束をした。福富と自然に話せることの嬉しさで金城は舞い上がっていた。
約束の場所は金城の家の最寄駅だった。金城は2月のあの日のことがよぎり、できれば違う場所にしたかったが、福富の提案だからと思いそのまま受け入れた。
当日、約束の時間の少し前に待ち合わせ場所へと向かう。金城は遠くから福富を見つけ、手を振った。その様子に気付いた福富は仏頂面から少しだけ口元を緩めた。
二人は近くのカフェに入り、しばし談笑した。新入生の状況を話して一通り盛り上がると、二人は店を出て、書店に向かった。書店で自転車の書籍を見終わると、自転車のショップに足を運ぶ。
途中、福富と自転車の話をしながら、金城は何気なく笑った。何か間違ったことを言っただろうか。怪訝そうな顔をした福富に、思い出し笑いだと金城は言葉を返す。
休日でも自転車のことしか話さない関係に、金城は少しおかしく思いながらも誇らしい気持ちを覚えていた。クラスにいる友人とは違う、福富と自分の関係性だからできる話だった。ただきっと、福富にそんな感覚は伝わらないと思った。福富の環境は自転車の話をすることに恵まれていた。金城とは違っている。金城は当たり前のように自転車の話ができる今に感謝した。
夕方、日も沈み始める頃だった。夕飯には間に合うように帰っていた福富と、別れる時間が近付いている。時間、大丈夫か。金城は腕時計を指差しながらいった。福富はむ、と口を結び、少し考えた後、まだ平気だと返した。
とはいえ、もうすることなんて浮かばなかった。一般的な高校生が行くようなカラオケやゲームセンターは苦手な二人だった。ロードで少し走ろうか。なんて金城はぼんやり考える。
「金城。家、遊びに行ってもいいか」
頭をひねる金城の隣で福富が言った。目を丸くして金城は固まった。すっかり忘れていた2月のことが一気に蘇り、金城は返答に困った。
「金城と見たい大会のDVDがある。ダメか」
何も言わない金城に、福富はそう言葉を続けた。困惑する金城をよそに、福富は表情を変えずに言い放つ。あまりにも自然な福富の姿に、金城は福富があの日のことを何とも思ってないのではないかと思い始めた。考えすぎているのは自分だけなのではないか。福富にとって口での行為も、疑似的な性行為も差異はないのかもしれない。
金城はわかった、と返事をすると、二人はそのまま金城の家に向かった。道中、二人は黙って歩いていたが、その沈黙に気まずさはなかった。
金城の家には誰もいなかった。日曜日は決まって家族は出掛けている。金城は自分の部屋に福富を招くと、ひとり居間へ向かう。冷えたお茶を用意し、部屋に戻ると、福富がDVDの準備をして待っていた。二人はテレビに向かって並んで座る。福富が用意したのは少し古い海外の大会の映像だった。それは金城が好きだと言っていた選手の若い頃の映像で、家で見つけたからと持ってきたようだった。何も聞かされていなかった金城は喜び、食い入るように映像を見つめた。
「福富、ありがとう。まさかこんな映像が見れるとは思わなかったよ」
「うむ」
金城は映像の余韻に浸りながら福富に感謝した。福富も満足そうな顔をしている。
金城は名残惜しそうにDVDを片付け、伸びをした。DVDも見終わったし、今度こそ福富の帰る時間だ。金城は福富を見送ろうと体を起こすと、福富は引き止めるように金城の袖を掴んだ。
まだ何かあるのかと顔を見ると、先ほどまで笑いあっていた福富とは違い、急に深刻な顔をしていた。
「金城、」
名前を呼び、福富は何かを伝えようとしている。しかしその次の言葉をいうことに躊躇しているようだった。
福富は苦しそうな顔をしながら、この前はすまなかった、と言った。
「俺が、不甲斐ないばかりに、」
福富は息をするのも苦しそうだった。言葉と言葉の間に息を吸わないと思いを吐き出せないようだった。
金城は少しずつ喋る福富を黙って見つめていた。福富はそんな金城を眺めながら、今日は最後までできる、と言った。
金城はまさか、と思いながら、自分の袖を掴んで離さない福富の様子に、そのまさかなのだろうということを察した。しかしもう本当にこんな事はやめにしたかった。それは福富とゆっくり一日過ごしてより実感したことだった。本来こうあるべきお互いの姿と、そしてその居心地の良さが金城の思いを強くした。
しかし反して、福富はまだ金城と対等な立場であるという認識ではなかった。素晴らしい友人という一面と、自分の犯した罪とその被害者である金城という一面は決してイコールで繋がらないのだ。
金城は福富の気持ちを楽にしたいと思った。二人で過ごして楽になっていると思った。しかしそれはすべて間違いだったのだ。思えば、金城の好きな選手の映像をわざわざ自宅から持ってきたのも、友人として喜ばせたいと思ったわけではなかったのだ。
金城は迷った。何を言えばいいのか、何をすればいいのかわからなかった。福富が掴んでいる袖を振り払うべきだとも思うし、振り払ってはいけないとも思った。金城は福富を見つめながら最良の答えを探し続けた。しかしそう簡単にそれは見つかるものではなかった。
そのうち、金城は福富のつらそうな姿を見続けることができなくなっていた。自分が思う最適な答えが見つからないなら、福富が思う答えを受け止めようと思った。
金城はわかった、と言って再び座り直した。福富の表情が少し和らいだのを見ると、金城はこれも一つの答えなのだと思った。
金城はベルトと緩め、ジッパーを下ろした。隙間から下着が見えると、そこから自身を引きずりだす。福富は這いつくばり、金城の股間に頭を下げた。随分と久しぶりではあったが、福富は変わらず口での行為がうまかった。
金城の陰茎はなかなか立ち上がらなかったが、福富が丁寧に扱き続けると、時間はかかったが次第に形を大きくした。その様子にほっとしたような表情を見せる福富に、金城の胸はチクリと痛んだ。
暫くすると、福富は金城の陰茎から手を離した。近くに置いていた自分のバッグを引っ張ると、中から透明の小さなローションを取り出した。金城はぎょっとしたが、福富が最後までできるといったのだ、それらもすべて用意しているのだろうと察した。
福富は掌にローションを落とすと、それを金城の陰茎に塗り付けた。唾液やカウパー液よりもぬるぬるとしたそれに、金城は強い快感を覚えた。高速で上下する福富の手が気持ち良くて、思わず目を瞑る。射精してしまいそうで、眉間に皺を寄せたら福富の手が止まった。もどかしくて、金城はすっかり快感の虜になっていた。
福富は自身のズボンのベルトをはずすと、そのまま豪快に下着ごと下ろした。金城は両手を後ろについて足を投げ出すように座った姿勢で、ぼうっと福富の様子を見つめている。福富の股間はぶらりと下を向いて垂れ下がっていた。
福富は膝をつき、お尻を浮かせた姿勢を取ると、ローションを再び手に取り背後に手を回した。よく見えないが、おそらく肛門を解しているのだろうと金城は思った。金城は一人で準備する福富を眺め続けた。だんだんと福富の股間が形を作り、天を仰ぎ始めていた。
「金城。待たせた」
そう言って福富は金城に近付いた。少しだけ福富の頬が赤く染まっていた。額には薄く汗を掻いている。後ろを向いた方がいいか。福富は真面目な顔をして金城に訊く。金城はああ、と流されるように返事をした。
福富は金城に背を向けると、頭を下げて四つん這いの姿勢を取った。そして自らの手で捧げるように臀部を引っ張った。左右に広げられた福富の肛門は大きく広がっていた。あの時かたく閉ざされていた入口と同じ人物のものとは思えなかった。福富の呼吸に合わせて、肛門はひくひくと収縮する。きゅっと閉じたり、大きく広がったりを繰り返す。金城は自分のそれを待っているのだと思いながら、固まったまま動けなかった。あの時無理やりにでも挿入しようとしていたのに、いざ目の前にすると躊躇する。金城は身勝手な自分を思い知る。
しかしここまでお膳立てされて動かないわけにはいかなかった。金城は戸惑いながら、確認するように福富の入口を指で撫でた。ローションでよくほぐされたそこはとても柔らかく、少しも力を入れていないのにするりと指が入っていった。
「っう、」
福富が声を漏らすので、金城は慌てて指を引き抜いた。大丈夫かと金城が尋ねると、続けろと言って福富は微動だにしなかった。
金城はほっとしながらも、胸がドキドキと激しく鼓動していた。福富の中に入った時間はほんのわずかだったが、それでも中の感触が指に残っていた。温かく、絡みつく内部を思い出すと、金城の萎え始めていた股間が再び固くなった。濡れた指先がてかてかと淫靡に光る。自分と会わない間に福富が一人でここまで準備をしていたのだろう。そう思うと、余計に股間が熱くなった。
大きく広がって収縮するそこはいやらしく、女性器のように見えた。金城はごくりと生唾を飲む。福富に渡されたコンドームの封をあけ、装着する。着け方があっているかは分からないが、確認する余裕はない。
金城は勃起した自身を広げられたそこにあてると、ぐっと力を入れて迷いなく挿入した。福富によって丁寧に広げられたそこは金城のそれをすべて飲み込んだ。内部は股間を適度に締め付ける。指で感じたよりも熱く、口でしてもうらうより何倍も気持ち良かった。
金城はすぐ腰を動かした。沢山のローションで濡らされたそこはジュプジュプと品のない音を立てる。出し入れする度粘つくローションが白い糸を引いた。透明なローションが空気と混じって変色し、それが女性の愛液ととても似ていると思った。両手で福富の腰を掴み、思い切り腰を打ち付けると、福富の腕に筋肉の筋が走った。勢いに圧され前に動く体を両手で支え、必死に力を込めて堪えてた。
金城はがしがしと腰を動かした。男としての本能がそうさせていた。突然指を入れられて以来黙っていた福富からは声が漏れた。非常に小さく、息を吐くと同時に漏れる声は、少し苦しそうだった。
暫くして、金城はふう、と息を吐いた。慣れない動きに少しばかり疲れて休憩を取る。繋がったまま福富の背中を見下ろすと、福富もまたゆっくり呼吸して休んでいるようだった。呼吸に合わせて体が大きく上下している。
金城は腕で額の汗をぬぐった。いつの間にかびっしりと掻いた汗に、夢中になっていた自分が恥ずかしくなる。それから、金城はすこしだけ福富の背中をさすった。じんわりと湿って熱を持った体は硬かった。福富の生きた体だ。
金城は一瞬我に返った。見下ろす背中が福富であることを実感した。体温が一気に低下した気がした。
金城は福富の腰をあらためて掴み直した。それは再び律動を始める為ではなかった。ゆっくりと腰を引き、中に入った自身を引き抜くためだった。
しかし引き抜く際に陰茎が擦れ、締め付けられると、金城の脳に再び痺れが起きた。そして直前まで引き抜いた自身と、福富の入口が繋がった様子を見ると、それがひどく甘美的で、体がゾクゾクした。冷めた筈の熱がまた股間に集中していく。自分の情けなさに嫌になりながら、引き出された陰茎は再び福富の内部へ戻っていった。金城の額の汗が、頬を伝って一筋垂れた。
「っはぁ」
福富は大きく息を吐いた。再び大きさを取り戻した金城の陰茎が、最奥まで到達したのだ。また激しい律動が始まる。福富はそう思って身構えた。
しかし、今度の金城はゆっくりと動いた。少しだけ落ち着いて、身勝手に動いていたことを反省していた。どうせ自己嫌悪していても、やめない自分がいることは分かっていた。半ば開き直って、福富の体を労わらなければならないと思った。
ゆっくりと律動する金城に合わせて呼吸する福富が、だんだんと色めいた声に変わっていく。先ほどの苦しそうな声とは違い、気持ちよさそうに上げる声に、金城は欲を煽られる。しかし今度は自制し、福富の様子を確認しながら、少しずつ速度を上げていく。金城の動きに合わせ、小さな声が少しずつ大きくなっていくと、金城は最後に向けて思い切り腰を振った。
背を向けて微動だにしなかった福富が悶えるように体を動かす。支えていた腕に力が入らないようで、背中を丸めながら床にぐしゃりと体を崩す。逃げていく福富の腰を引っ張る様に立たせ、金城はなおも腰を動かした。
金城は思い切り奥まで突き上げると、その勢いのまま射精した。吐き出し終わって引き抜くと、精液溜まりでは足らず、根本近くまで精液が流れていた。肩で息をしながら、金城は床に座った。途端にどっと疲れが襲い脱力する。
福富もまた、四つん這いの姿勢を崩した形でうつ伏せに倒れていた。二人ともはあはあと息を吐いた。
暫くすると、福富が体を起こした。壁に寄り掛かる様にして座りながら、ちら、と金城を見つめる。
「よかった」
安心したように福富が言った。
「……そうだな」
金城は晴れやかな福富の表情を見て胸が痛くなったが、気付かれないように振る舞った。
しかし晴れやかな表情を浮かべていた福富は直後に謝罪した。前回心残りであったことは致せたのに、何を謝ることがあるのだろうか。金城は頭に疑問符を浮かべた。
「床を、汚してしまった」
福富は申し訳なさそうに言った。
金城はその時床に飛んだ精子に気付いた。自分の精子はコンドームに収まっていたので、これは福富のものだとすぐに分かった。福富も気持ち良かったのだ。その事実に、金城は困惑する。福富が気持ち良くなってはいけないというわけではない。つらい目にあって欲しくはなかったので、金城なりに福富の体を労わって行為をしていたのは事実だ。それが、結果こういう形になったのは何も間違ったことではない。しかし射精したその事実に、あらためて福富とセックスした事実を突きつけられたような気がしたのだ。
金城は気にするなと言って近くにあったティッシュで床を拭いた。何をいまさらと、困惑する自分を卑下した。
二人は息を整えたあと、体についた体液やローションを軽く拭い、シャワーを浴びた。身支度を整え、帰宅の準備をする。
二人は駅まで歩いた。前回は見送ることを拒否された金城だったが、今回は何も言われなかった。福富は駅に着くと、いつも通りに別れを告げた。金城もそれにあわせて別れた。少し前の二人に戻ったようだったが、金城の気持ちは決してそんなことはなかった。