東京炎上


現パロ。尾形がメンヘラみたいになってしまった。

個人的な集まりで配ったものをちょっと修正して、オマケをくわえたものです。
修正とかオマケとか蛇足だったかもしれないけど、まあこんな設定があるんですよねって話をしたので、せっかくなので書いてみました。

イメソンはフジファブリックの同名タイトル曲


*   *   *


小さな街の自転車屋。俺は祖父母の店を引き継いだというその古い店が好きだった。引き継いだ店主の名は尾形といって、自転車屋は趣味のようなものだといった。本業は別にあるようで、ほぼそちらの稼ぎで暮らしているらしい。
趣味を兼ねた自転車通勤、金具を踏んでしまい、突然のパンク。渡りに船と目の前にあった自転車屋が尾形の店だった。愛想はないが、よい仕事ぶりで、俺の自転車に似合うタイヤをすぐ見繕ってくれた。尾形は趣味でやっているという割には店を大切にしているようで、建物は古いが、掃除が行き届いて綺麗で、俺は一目でその店を気に入った。
出勤の時に丁度開く尾形の店に、俺はいつも挨拶をして通った。おはようございますという俺の挨拶に、尾形は手を上げるだけだったが、それでもきちんと返してくれるのが嬉しかった。

休みの日になると自転車に必要な道具を買いに尾形の店に通った。専門店に行けばもっと道具の種類があるし、値段も安いことだろう。しかし面倒臭そうな顔をしながら俺に商品の説明する尾形が見たかった。たまに嫌味を言われるが、慣れてくるとそれも尾形にとってコミュニケーションの一つなのだと思って嬉しくなった。
本当に嫌われているかもしれないと思うこともあったが、帰り際、また来ますと尾形にいうと、ふっと笑ってくれるので、俺は懲りずに尾形の店に通うのだった。

暗闇が強くなる夕方。赤い夕陽を背に、尾形は振り返って俺を見る。古びた建物にガソリンをかけ、尾形はそのまま火をつけた。俺はその様子に何も言えず、ただ立って尾形を見ていた。尾形が愛した筈の自転車屋が、ごうごうと音を立て燃えていく。近隣の住人が悲鳴を上げて、おそらく消防署に電話をしていた。
俺がなんで、と独り言のようにいうと、いらないからだ、と尾形は言った。
不意に尾形と目が合って、俺の体は硬直する。尾形は身を固める俺を鼻で笑う。
これでお前は来れないだろう。尾形は垂れた前髪を撫でつけながらそう言った。
俺は呆然としていて、それを見て尾形はまた笑った。店先で見た尾形の笑顔とは違っていた。想像もしたことがない顔で笑う尾形を見て俺は虚しくなった。
なぜ全てわかったつもりでいたのだろう。
そう思っても、今も浮かぶのは店先で笑う尾形の姿だった。



*   *   *




近隣住人の善意ある通報によって間もなく火は消し止められ、建物は半焼程度にとどまった。事情聴取と現場にいた人物の証言により、事件性はないと判断され、火災の原因は仕事中の事故ということで片付けられた。
事情聴取にて、俺は自分で火を放ったと正直に答えたのだが、警察に理解されなかったことと、現場にいたお節介な男の証言のせいでオレの話は半ば無視されることとなった。
お陰で祖父母がかけていた火災保険が下りることとなり、俺は思わぬ収入を得ることになる。焼けた建物はとても使える状態ではなかったため、そのまま取り壊すことになった。ついでに土地も売却するつもりだったが、駅から遠いこともあり、二束三文にしかならないらしい。不動産屋には家でも建てたらどうかと物件を勧められ、あの場所の使い道は見通しが立たないまま話は終わった。
建物は黒焦げになったものの、自転車や道具のほとんどは燃えることなく残っている。自転車屋を続けるつもりはなかったが、大量に残った在庫の処分先のことを考えるのも面倒で、取り壊されるまでは残った建物の中に置きっぱなしにしていた。

祖父母が使っていた二階の住居部分の片付けをしながら、谷垣は相変わらず朝になると店の前を通ってることに気が付いて、俺は馬鹿らしい気持ちになった。あんなことがあっても避けることなく、いつも通り自転車で走り抜ける谷垣の図太さに俺は到底敵いそうにない。
すべてを燃やして無にしてやろうと思ったのに、近隣住人や谷垣が邪魔をして徒労に終わった。店をたためば済むことだったと思いながら、この建物に残る思い出ごと消してしまいたい気持ちになったので、やはりこの方法しかなかったように思う。

二階の窓から見える木々は一様に葉を落とし、時折吹く風で枝が揺れていた。谷垣が初めて来た時は太陽の光が強くて、谷垣は木陰の下に隠れながらタイヤの交換作業を待っていた。小さなハンカチで額を拭いながら、暑いですねと笑った谷垣を、俺は埃かぶった部屋の中で思い出していた。

2019/01/22