体温の感じかた
同じ会社で働く尾谷。
こっそりハッテン場に通っていたことを尾形にバレてしまう谷垣という話。
設定が設定なだけに谷垣に対して解釈違いを起こすしやすい内容となっていますのでご注意を。
11/24黄金暗号2で無配した尾谷です。
実際に配った時は一部が伏字になっていました。あとオチを少し変えてあります。
* * *
溜まったメールの返信に追われ、デスクの上に置かれた小さな時計は既に夜の十時を回っていた。まだ少し残る仕事を終える頃には、きっと日付を跨いでしまうだろう。
はあ、と小さな溜息を吐きながら、それでもやらないわけにはいかない業務を、谷垣は黙って処理していた。社内は閑散としていて、ほとんどの社員は金曜日の夜を楽しんでいるようだ。
谷垣の脳裏には昼間の上司の顔が浮かんでいた。
ほんの些細なミスだった。取引先に持って行く予定だったデータを、谷垣はうっかり自分のデスクに置き忘れてしまったのだ。急ぎではないことから、相手先には大して咎められることはなかったが、上司である尾形に谷垣は強く叱責を受けた。忘れ物をしないということは、仕事出来以前の問題だ。今回は大事にならなかったが、こうした小さなミスが大きな失敗をまねくのだと尾形はいった。尾形のいうことは正しく、谷垣は尾形がいうことを黙って受け止めた。しかしそれがたとえ正しいことだとしても、言い方というものがある、と思ったことも事実だ。厭味ったらしく小言を交えながら言われると、苛立たないわけがない。
尾形は罰として、今日の業務が終わった後、今できるメールの返事を全て片付けてから退社するように谷垣に指示をした。いつでもできるからといって、小さな仕事を山積みにしたままだからこんなことが起きるのだと尾形は言った。
谷垣は尾形の指示通り、取引先から社内向けの雑談じみたメールまで、片っ端から返事を打った。中には懇親会で食べたいものについてのアンケートまで入っていた。谷垣はまた一つ溜息を吐いて、日本酒に合うつまみが欲しいと書いて送信した。
黙々とメールを打ち続けていると、谷垣の予想より早く仕事が終わりそうだった。終電間際に駆け込んで帰る、なんてことがなくてすみそうだと、ほっと胸を撫で下ろす。
緊張が解けると、谷垣はすぐに帰るのがもったいないような気になった。小さな仕事とはいえ、山積みだった業務が片付くと精神的にも楽になり、少し浮かれた気持ちになった。昼間の尾形のことはいまだムッとしてしまうし、憂さ晴らしに遊びに行きたい気持ちが湧き出てくる。
ゲイの出会いの場所の中に、ハッテン場と呼ばれるところがある。男性専用サウナなどと表向きには銘打って、実際には男同士が入り乱れて淫らな行為をする場所だ。谷垣は、不定期にそういった場所を訪れていた。
はじめは勘違いだった。残業から終電を逃し、家に帰るのが面倒で、一晩だけ夜を過ごそうと宿付きの銭湯に入ってみたら、どうも様子がおかしい。すれ違いざまに体を触られたり、やたらと視線を感じたりする。直接的にセックスを誘われたところで慌てて店から出ていった。
それから暫く時間があいて、二回目は好奇心だ。その時はもうその場所がどんな事をするのか理解して向かった。長く付き合っていた恋人と別れたり、家族と揉め事になったり、何をするにしてもうまくいかない時期があった。谷垣は溜まった性欲も相まって、やけくそになって店に入った。中ではすぐに男に声を掛けられた。誰でもよかった谷垣は、初めてだということを告げると、男は谷垣にとても優しくしてくれた。半個室になった休憩室に移動し、二人は最後までした。丁寧にアナルを広げられ、ゆっくりと挿入されると、谷垣は初めてだというのに頭が真っ白になるほど気持ち良くなった。一度射精した後も何度も掘られ、精液が出なくなるまでセックスをした。谷垣は気持ち良さから足腰も立たず、ほぼマグロ状態であったが、男は文句を言わず最後まで優しく谷垣を愛した。
それから、谷垣はハマってしまった。異常とも思える空間は、その非現実性がよかった。幸か不幸か、谷垣はゲイからの受けがよく、いつ行ってもすぐに男に声を掛けられた。馴染みの場所では、複数の人間を相手にセックスをすることもあった。目隠しをし、体を開きながら、谷垣はタチの男たちを待つ。胸を触られたり、股間を撫でられたり、いきなり挿入してくる男もいた。アナルで感じる相手の男は、太さや長さもバラバラで、谷垣はただ快感に酔いしれた。中にはコンドームをしない男もいたが、それも段々どうでもよくなっていった。中に出され、体内を侵される感覚は他では味わうことができない背徳感があった。破滅的だと思いながら、谷垣はなかなかやめられなかった。体の相性がいいからと、谷垣は何度か男たちに恋人にならないかと言われたこともある。しかし谷垣は恋人を探しているわけではなかった。ただ性欲と言う本能に夢中になって、現実から逃避していたいだけだった。谷垣はこの場所と現実を結びつける気はなかった。
暫く、行ってないな。
谷垣はビジネスバッグの内ポケットに入ったコンドームを思い出しながら、そんなことを思った。最近はセーフセックスから縁遠くなってしまったが、それでもこれが最初からないのとでは気の持ちようが違う。いつでもできるようにと入れているわけではないが、随分前に入れたっきり、コンドームはそのままになっていた。
谷垣は仕事の忙しさから、ハッテン場に行ってストレスを発散させる余裕もなかった。どうせ明日は休みだと、谷垣は自分にご褒美を与える気持ちで、久々に赴くことに決めた。
会社を出て、谷垣は一番近くの繁華街に向かった。会社の人間にバレてしまうのを恐れ、今まではどんなことがあっても会社の近くでそういった店に行くことはしないと決めていたが、久しぶりということもあって気持ちがはやり、今日だけ……と言い訳をする気持ちでその場所に急いだ。
インターネットで調べたそこは、男性専用サウナ、と大きな文字で書かれた看板を掲げていた。薄汚れて古臭い看板は、どこのハッテン場でも同じようで、谷垣は見慣れた店構えに胸が躍った。
受付で入館料を支払い、ロッカールームへと急ぐ。普通の銭湯に入るように、ロッカーに貴重品をしまっていく。
谷垣はネクタイを緩めながら、不意に人の視線を感じた。早速誰かが自分を品定めしてるのかと思い、振り返ると、そこには昼間自分を苦しめた上司が、壁にもたれかかって自分を凝視しているではないか。
谷垣はぞっとし、ネクタイを緩めていた手が止まる。顔が強張り、喉がきゅっと絞まったように苦しくなった。
こんなところにいるはずはない。似ているだけの別人ではないのか。
「楽しそうだな、谷垣源次郎」
別人であることを願った瞬間、それが紛れもない本人だということを思い知らされる。
「どうして、ここに……!?」
「怪しい店に入っていく後輩が見えたんでな。心配でついて来てやったんだ」
そう言ってにやり、と尾形は笑う。この場所がただのサウナではないことを知っているようだった。
銭湯が好きなんですよ、と谷垣が苦し紛れにいうと、尾形は鼻で笑った。そして壁から離れると、ゆっくりと谷垣に近付いて行く。谷垣を目の前にしても歩みを止めずどんどん近付いてくるので、谷垣の方が後ずさりをした。しかしすぐロッカーを背にし、二人はちょっと手を動かせば触れ合うほどの距離まで近付いていた。追い詰められたような状況の中、尾形は谷垣のロッカーに手を突っ込み、ビジネスバッグを引っ張り出した。
「お前の銭湯には不思議なものが必要みたいだな」
尾形は谷垣のビジネスバッグの中に手を突っ込むと、内ポケットから素早くコンドームを取り出した。動かぬ証拠と言わんばかりに見せつけられ、谷垣の背中に汗が流れる。
なぜ尾形さんがそれを、と言うことも墓穴を掘りかねず、谷垣はただ黙るしかなかった。
「昼間、お前がデータを忘れただろう?鞄の中に入ってねえかと思って勝手に漁らせてもらったら、仕事と関係ないものが入ってるじゃねえか。いい度胸してるなあ、谷垣」
もともと近かった距離をさらに詰められ、尾形は谷垣を見上げている。もう逃げ場のない谷垣は、少しでも距離をとりたくて、顔を背けるようにしながらロッカーに体をくっつけた。
「……昔いれたまま、取り出すのを忘れていただけですよ」
「ははっ。嘘を吐けない人間だということは、お前自身がよくわかっているだろ」
尾形は何もかもお見通しのようだった。まさか一番知られたくない相手に見つかるとは。谷垣は自分の不運を呪った。
尾形は谷垣と比べて随分背が低かったが、独特の威圧感がありその身長差を感じさせなかった。不健康な肌の色をしているわりに、腕は太く逞しく、逃げ道をなくすようにロッカーについた手が谷垣を縛り付ける。
谷垣がどうするべきかと思いを巡らせる内に、尾形はそっと手を伸ばし、自分に引き寄せるようにして谷垣の頭を掴んだ。そしてそのまま思い切り下に引っ張ると、谷垣は尾形と唇を交わしていた。
谷垣は驚きで抵抗する余裕もないまま、尾形は器用に唇を傾けて谷垣の口に舌を押し入れた。ぬるりとした柔らかい舌が強引に谷垣の唇を割ると、尾形は濃厚なキスを谷垣に捧げた。
「何をするんですかっ」
我に返って尾形の手を払いのけると、尾形はまたにやりと笑う。お前の噂は知ってるんだぜ、と脅しのような言葉を放つ。
「××の宿泊所、エロい子熊が出るらしいじゃねえか」
尾形の言う宿泊所は、谷垣がよく行くハッテン場だった。
「この世界は狭いんだぜ。噂なんてあっという間に広まっちまう」
谷垣はもう何度消えてしまいたいと思ったか分からない。まさか、この場に来た事だけではなく、尾形は過去の谷垣の醜態まで知っているようだった。
谷垣は脂汗が止まらず、胸は激しく動悸していた。
尾形はハハッ、と乾いた笑い声を上げると、固まった谷垣に再びキスをした。
「安心しな。俺とお前は他人。ここはそういう場所だろ」
尾形はそういってさらに距離を詰める。そして何の躊躇もなく谷垣の股間を触ると、楽しもうぜ、と言ってスラックスの上からやわやわと指で揉んだ。
谷垣は到底そんな気分になれなかった。しかし尾形を共犯者にしてしまえば、自分を晒すようなことはしないかもしれないとも思った。
「そうですね」
谷垣はそう言って尾形の手に触れた。
2018/11/28