モンタージュ
会社員ベジータ×八百屋カカロット。
思いがけないところでカカロットに恋に落ちるベジータ。そんな世界。
同名タイトルのノリユキマキハラの曲から。影響を受けたというか、オマージュと言うか、とりあえずそんな感じで。
* * *
季節外れの猛暑の中、しっかりとスーツを着込んだ男が二人、急な坂道を歩いていく。文句を垂れる背の低い男―――ベジータを、隣を歩くスキンヘッドの男―――ナッパが宥めていた。ナッパは体格がよく、年齢もベジータより歳上のようだったが、二人の態度から見て、ベジータの方が仕事上、立場が上のようだ。
「ラディッツの弟の店なんだが、仕入れがいいらしいぜ」
ナッパはいう。ラディッツとは、この男たちの同僚だ。
二人は得意先にもっていく手土産を買いに来ていた。口うるさい顧客で、上等な品物でなければすぐにへそを曲げるのだ。二人はその顧客を好いてはいなかったが、大口の発注をする貴重な存在だったために、無下にするわけにもいかなかった。ナッパがいうには、これからいく店には珍しい果物が手に入るらしい。個人経営の青果店で、商品のほとんどを自家栽培しているようだ。数は少ないものの、そのお陰で安く、珍しい品物が手に入るというらしい。ナッパは既にその珍しい果物を予約しているらしく、ようやくできたその品物を取りに行くというわけである。
駅から五分ほど歩き、坂を上ると、住宅街にぽつんと一軒、オレンジ色の屋根をつけた商店があった。年季が入っていたが、店先には人が群がり、繁盛しているようだった。建物の看板には『孫青果店』と書いてある。ナッパは店に近付くと、カカロット!と大きな声で名前を呼びつける。首に白いタオルを巻いた男が、おお!と元気な声で返事をした。
「まってたぞ!」
男はそういって奥から箱詰めされた果物を運んでくる。中には鮮やかな赤色をした果実がきれいに並べられていた。ナッパは品物を確認すると、早速レジに向かう。
ベジータは遠巻きに眺めながら、腕を組んで待っていた。何が盛り上がっているのか、ナッパとカカロットは話をしながら会計をしている。まだやらなくてはいけない仕事が山積みだというのに、呑気に話し続ける二人を見てベジータは苛立った。
「ナッパ!はやくしろ!」
たまらずベジータが声を荒げる。閑静な住宅街に響く怒声は、夕飯の食材を買いに来ていた一般客も萎縮させた。和やかに笑っていたナッパの顔は一変し、慌てて財布をしまいこむ姿を見ると、ベジータは相当怖い男のようだ。
「イライラすんなよ。ゆっくり買い物させてやれ!」
「なんだとっ……!」
しかし萎縮する周囲の様子に反し、店の主人であるカカロットは平然と言葉を返す。ベジータはぴくりと眉を揺らしたあと、眉間に深く皺を刻んだ。
どうやらナッパは、今朝採れたばかりの新鮮な果物を薦められていて、そちらもいっしょに買うべきか迷っていたようだ。目的のものだけ手にいれる予定だったが、カカロットに薦められるまま味見してみると、その美味しさに思わず意思が揺らいでしまったのだ。
「おめえも食べてみろよ!」
カカロットは食べやすくカットされたイヨカンを爪楊枝で刺すと、ベジータに差し出す様に腕を伸ばした。先ほど大声を出したお陰で、客の多くは逃げてしまい、残った数名も、なるべく目を合わせないように顔を伏せていた。だがカカロットはそんなことも気にせず、一人の客としてベジータをもてなした。にこにことした笑みさえ浮かべるカカロットを見て、ベジータは自分の耳が赤くなっていく音が聞こえたような気がした。
ベジータは眉間に皺を寄せたまま、カカロットが持っていた爪楊枝を奪うように取ると、そのままイヨカンを口に放り込んだ。ベジータはイヨカンを頬張ったまま、カカロットの隣に積まれていた箱を会計のテーブルに乗せる。そして財布から雑にお札を取り出すと、あとは任せたと言わんばかりにレジから離れていった。置いていかれたナッパはおつりと品物を受け取ると、先を急ぐベジータを慌てる様に追いかけた。遠くからまたな、と叫ぶカカロットの声が聞こえていた。
口うるさい顧客との商談はつつがなく終了した。カカロットのもとで買った手土産は喜ばれ、お茶うけに出したイヨカンも好評だった。採れたてのイヨカンは商談の場を爽やかな香りで埋め、重い空気になりがちな場を終始和やかなムードに変えてくれた。ナッパは自分の手柄だと喜んで、ベジータは馬鹿騒ぎする姿を冷めた目で見ていた。
新鮮なうちに食べたほうがいいというカカロットの助言を守り、商談の成功の鍵となったイヨカンは、余ったものを縁起物として社内で分け合うことになった。ベジータは包丁を持つこともないほど自炊をしないため、自分には不要だと断ったのだが、押し付けられるように一つ持って帰る羽目になった。
自宅に戻ると、ベジータは邪魔なイヨカンをキッチンのテーブルに放置した。仕事用の鞄には、イヨカンの甘酸っぱい香りがすっかり染みついていて、ベジータは舌打ちをしながらネクタイを外す。そのままシャワーを浴びに行き、再び部屋に戻ると、イヨカンの匂いは予想外にも部屋いっぱいに広がっていた。切り分けなければ大丈夫だろうと甘くみていたベジータは頭を抱えたが、しかしもうどうしようもなく、自分の判断ミスを責めることしかできない。せめて原因であるイヨカンはさっさと食べてしまおうと、ほとんど使っていない包丁を取り出し、ベジータは乱暴に切り分けた。そして作業のように、切られたイヨカンを一つずつ口に放り込んでいく。
飲み込んではすぐ次のイヨカンを手にし、ベジータは黙々と食べ続ける。そして半分くらい食べたところで、昼間にカカロットの元で食べたイヨカンほど、美味しく感じないことに気が付いた。
商談の最中でも出されたイヨカンだったが、ベジータは仕事を優先し、その場で口にしなかった。店先で食べた採れた直後と比べたら、随分時間は経っているし、鮮度が落ちたのかもしれないと思ったが、目の前に切られたイヨカンの瑞々しさは、カカロットに出された時と遜色がないように見えた。美味しい切り方でもあるのだろうかと、あの時のことを思い出してみたが、食べやすい大きさに切られているだけで、皿の上に並べられたイヨカンの形はバラバラだった。
ベジータはそこまで思い出したところで、記憶の中のカカロットの顔が曖昧になっていることに気付く。駅から青果店までの道のり、店内の状況、売られている青果の様子までも鮮明に思いだせるのに、あれほど印象的だったはずのカカロットの顔が、どうにもはっきりとしないのだ。
ベジータは店でのやり取りも覚えていた。ナッパがおつりを受け取る時、サンキュー!と明るい声だって、ベジータにははっきりと思いだせる。でもどうしても、カカロットの顔がはっきりしなかった。ただカカロットのことを思い出そうとすると、春の陽気のような心地よさだけが、ベジータの胸に募っていく。
ベジータはそれがやけに気になって仕方がなかった。思い出そうとしてカカロットのことを考えていると、だんだんと胸がドキドキとして、少し苦しいような気さえした。
あの商談以降、カカロットの店は社内で話題になっていた。ベジータたちと同じように手土産を買い、顧客の元に訪れた社員たちが、軒並み大型の仕事の受注に成功しているのだ。社内ではカカロットの店で買うと商談はうまくいくというジンクスまで出来始めていた。
ベジータはそのジンクスを信じているわけではなかったが、仕事の合間を見て、再びカカロットの店に向かっていた。やはりどうしても、カカロットの顔だけが思い出せないことが気になってしょうがなかったのだ。
店に着くと、相変わらず多くの客が店内を埋めていた。カカロットは忙しそうに歩き回り、あれはないか、これはないかと、飛び交う客の要望に応えていた。にこにこと笑いながら客とコミュニケーションをするカカロットの顔を見て、そうだ、この顔だ!とベジータは一人納得する。あれほど思い出せなかったカカロットの顔が、一目見てしまえば視線をそらせなくなるほどに、ベジータはつよく惹かれていた。遠巻きで眺めていると、視線に気付いたカカロットがふっと顔を動かし、ばちりとベジータと目が合った。顔を合わせたというのに、カカロットは何も言わずベジータを見つめていた。
「な、なんだ!!」
一方的に覗いていたことを、ベジータは悪いことをしているような気になって、思わず言い訳のように声を張った。
「よお!また来てくれたんか!」
ベジータの大きな声に、カカロットも大きな声で答える。いいもんあっぞ!と手招きまでして、ベジータを快く迎え入れた。
ベジータは不本意だというような態度をみせながらゆっくりと近付いて行く。素直に用があってきた、なんて今更言えなくなってしまった。
カカロットは店先に置いてあった黄色の果実を手に取ると、今日はこれだ!とベジータの前に持ってくる。今日の採れたてはハッサクのようだ。カカロットは手に持ったハッサクをベジータに手渡すと、レジの端に置いてあったお盆を取り出した。お盆の上には綺麗に切り分けられたハッサクが並んでいた。イヨカンを貰った時のように、ハッサクも味見として用意してあるようだ。
「くえよ!」
カカロットは笑って言う。ベジータは爪楊枝を掴み、言われるまま味見する。これもまた美味かった。
「どうだ?うめぇか?」
そういって尋ねるカカロットに、うまい、とベジータは応えようとしたが、なぜかうまく声が出なかった。その通りだと返事をするだけでもいいのに、それすら言葉が出てこず、ベジータはただ耳ばかり赤くしていた。ベジータは自分の体がうまく使えないことに焦り、手に持った鞄をおもむろに握り直す。手にひらには汗を掻いていた。
結局上手く伝えることができなかったベジータは、黙ったまま首を縦に振る。カカロットは満足そうに笑い、サービスだと言ってハッサクを多めに渡した。まだ買うと決めたわけではなかったが、ベジータは流されるまま購入した。
買い物はあっという間に終わってしまい、カカロットはまた別の客の対応を始めた。それがカカロットの仕事だとは分かりつつも、他人のレジを打つ横顔ばかりを見ているとベジータはいい気分にはなれなかった。
帰り際、ベジータは青果店の外観を写真に収めた。これから行く予定の社員たちに渡す地図と共に載せる写真だった。店内の様子も撮っていいかと尋ねると、カカロットは快く受け入れた。
「どうせならオラも撮ってくれよ」
カカロットはそう言ってポーズを決める。
「な、なん……!」
「そのほうが分かりやすいだろ」
カカロットは笑う。
ベジータはいわれるまま写真を撮った。うまく撮れたか?とカカロットが覗き込んできたが、ベジータは見られる前に鞄の中にしまい込んだ。急に恥ずかしくなって、ケチ!と文句を垂れるカカロットにベジータは無視を決め込んだ。
「……また来てやる」
ベジータはカカロットに背を向けていう。カカロットからはおう!という元気な声が返ってきた。
ベジータは仕事を終えると早々に家路に着いた。いつも通りスーツを脱ぎ終えると、そわそわとしながらスマートフォンを開く。昼間に撮った写真を見返していた。
天気がよかったお陰で、適当に撮った場面でも随分様になっていた。ベジータは一枚、二枚ともったいぶるように眺めては、画像を指でスライドしていく。
ベジータは青果店で複数枚の写真を撮影したが、はっきりと何枚撮ったかまでは覚えていなかった。あと何枚スライドさせたら、カカロットを撮影した画像になるのかベジータには分からなかった。
ベジータはカカロットの画像を見るのがなぜか少し怖かった。だが画像を見ることに怯えながら、見ないという選択肢はなかった。臆病になっている自分を面白く感じながら、ベジータの心臓の鼓動は画像をスライドさせるごとに大きくなっていく。
五枚ほど見終わったところで、カカロットが写った写真にたどり着く。両手を腰に当て、自慢の果物を前にカカロットは得意げに笑っていた。
しかし肝心のカカロットの顔は、ピントが合わずにぼけていた。ベジータは電話に備え付けられているカメラ機能を殆ど使ったことがなかったからだ。とはいえ、これまでの写真は見事なものだった。なぜカカロットの写真の時だけ、急に下手になってしまったのか。ベジータは自身の失敗にぶつけようのない怒りがこみ上げる。
ピンボケになった写真でもカカロットの笑顔は十分魅力的だった。得意気に笑うカカロットを見ているだけで、ベジータはあの時の会話が鮮明によみがえる。だからこそ、これがきれいに撮れていたらどれほどよかっただろうか。
怯えながら確認した写真は、いざ見てしまうと実に呆気ないものだった。カカロットの写真を見ながら、ベジータは自分でも何を恐れていたのか分からなかった。はあ、と一息吐きながら、ベジータはカカロットの映る写真を暫く見つめていた。
2019/05/31