グレイゾーン6
感慨深い顔をする女性を見ても、悟空の心は動かなかった。何も思い出せない悟空にとって、どれほど激しい感情をぶつけられても、目の前の人物は初めて会った女性に過ぎなかった。だが女性が握った手の力強さだけ、自分に対する思いが強いのだと悟空は思った。
母だという女性が悟空の手をぱっと離すと、ちらりと空を眺めた。そろそろ夕食の時間だという。
「ご飯食べてくだろ?」
そう言って女性は微笑む。普段なら遠慮なくいただくところだが、悟空は歯切れの悪い返事をした。助けを求めるように共に来た長髪の男に視線を送る。ぶすっとした顔をしながら、男は小さく息を吐いた。
「ああ」
男はそう言って悟空の頭に手を添えた。まるで肩を組むように、こっちへ来いと体を寄せる。長髪の男は悟空がいたたまれない気持ちになっていることに気付いていたが、嬉しそうにする母を前にして、その誘いを断ることはできなかった。
母という女性は悟空と長髪の男を椅子に座らせると、台所に立って料理を始めた。手際よく一品仕上げると、次から次へと料理がテーブルに並んでいく。
突然来るからさ、そんなに多くは出せないけど。女性はそういいながらも、テーブルの上は隙間なく埋まっていった。
「さっさと食え。あの調子だと、まだ出てくるぞ」
男はそういうと、目の前にあったスープに口をつける。あっという間に飲み干して、次の皿へと手が伸びる。空になった皿は重ねられ、高く高く積みあがる。
地球では悟空ほど大量の食事をする者はいなかったが、長髪の男の食事量は悟空をも超える勢いであった。女性の出す料理の数も地球とは比べ物にならず、悟空は自分がこの星の生まれであることを初めて実感した。
王宮でたらふく食べたせいもあって、悟空はほとんど料理に手をつけなかった。味が合わないのかと申し訳なさそうにする女性を見て、悟空はまたいたたまれない気持ちになった。
「そ、そうじゃねえよ。ここに来る前に、お城で腹いっぱい食ったんだ」
「カカロット、お城にいたのかい?」
「こいつ、旧型のポットで墜落したんだ。落ちたところが王宮でよ」
「ええ!? ……あんた、よく生きてたね」
「ああ。運がいいぜ、まったく」
女性は悟空のいきさつを聞いて唖然としていた。
「そんなにやべえとこなのか、お城って」
「カカロットと話していた男がいただろ。あれはこの惑星の王子、ベジータだ」
「え! カカロット、あんたベジータ王子と会ってんのかい」
「そうだ。こいつ、よりにもよって、ベジータのプライベートルームの一室を壊しやがった」
「ほんとかい?! ……信じられないね」
悟空は二人の口ぶりを見て冷や汗を掻く。それほど重要な場所を破壊していたとは思っていなかった。
「オラ、よくわかんねえけど……あいつ優しかったぞ」
「優しいわけないだろ。何か企んでやがるんだ。まあ、少しでも寿命が延びただけ幸せと思え」
男の声は本気だった。さきほどまで感動で目を潤ませていた女性も、悟空を擁護するようなことは言わなかった。この星において、悟空が殺されて当然のことをしたということと、実際にあの男が手を下すことは不思議ではないという証拠だった。
マントの男がただ者ではないことは悟空も気付いていた。目の前にいる長髪の男も随分と強いが、あの男はその何倍も大きな気を持っていた。一度手を合わせただけで終わったことは、たしかにとても運がよかった。あの男が本気になれば、悟空を殺すことなど造作もない。
「そっか? 案外、本当にいい奴かもしんねえぞ」
だが悟空は本当にそう思っていた。何かの目的があったとはいえ、相手の大切なものを破壊してしまった悟空に怒るどころか、もてなしさえしたのだ。悟空にとって、ベジータ王子とは話せばわかるやつなのだ。
あっけらかんとする悟空を見て、女性と長髪の男は大きく溜息を吐いた。
そういうところが似ている。二人は声を揃えてそう言った。
2020/09/14