グレイゾーン9


食事が終わると、悟空は家を出て街を歩いた。夕暮れを急いで飛んだ時にはわからなかったが、少し歩いただけでそこにはとても大きな市場が広がっていた。小さな屋台が立ち並び、野菜やフルーツ、見たこともない肉が売っている。物珍しいものばかりで、悟空がきょろきょろと首を振りながら歩いていると、地球の屋台のように調理済みの食べ物を売っている店があった。食べ物を串に刺し、火で炙っただけのシンプルな食べ物は、嗅いだこともない香辛料がかけられとても香ばしい匂いがする。それは朝食を終えたばかりの悟空でも強く惹かれるほど食欲をそそるものだった。じっと近付いたところで、見慣れぬ文字が書かれた看板を見て悟空は気付く。悟空はこの星で買い物できるような貨幣を持っていないのだ。
悟空はガッカリしながら、なかなか諦めきれず屋台に並ぶ食べ物を覗いていた。緑色の湯で煮た食べ物や、野菜スープなど、その店の食べ物はどれも美味しそうな匂いを漂わせていた。
「なんだ! バーダックじゃないか!」
屋台の男が悟空に向かって微笑む。誰かと勘違いされているようで、悟空は慌てて首を振った。
「おめえ、勘違いしてっぞ」
「何いって……あれ?」
男は悟空をじろじろと見つめた後、すまねえなと言って頭を下げた。
「いやあ、お前バーダックに似てるな。よく見たら全然似てねえんだけどさ、ハハ。……お前見ない顔だけど、ずっと遠征してたのか?」
「え? ああ……ま、そんなもんだ」
勘繰られてはいけないような気がして、悟空は逃げるようにその場を去る。
だがその後も、店を回っている間、悟空は屋台の男のように声を掛けられることが多かった。決まって、相手はバーダックという男と間違えて声を掛けていた。目つきは似てないようだが、髪型がソックリらしい。親戚かと間違われるほどで、悟空はだんだんそれが自分の親父の名前ではないかと思い始めていた。
市場の散策をしていると、突然大きな影が空を埋めた。それは巻き上げるような強風と共に現れ、何事が起きたのかと悟空は空を見上げた。そこには円盤型の宇宙船や、悟空が乗ってきた宇宙船に似た球体の船が空を覆いつくしていた。数えきれないほどの宇宙船は次々と振ってきて、それは市場から離れた場所に向かって落ちていく。
賑やかだった市場は、商売で活気づいた空気とは違う賑わいを見せていた。帰ってきた!と口々に言う人々を見て、これが遠征の帰還なのだろうと悟空は思った。
悟空は宇宙船の集まる場所を遠巻きに見つめていた。宇宙船からは次々に人が下りてきて、みな同じような服を着ていた。船から降りた者たちは勇ましく笑っていて、人々の出迎えに手を振ってこたえた。みな笑顔だったが、着ていた服はボロボロであった。遠征とは過酷なものらしい。
不意に、悟空の頭に強い信号のようなものが刺さる。それはギネの自宅から感じられる気であった。ギネより遥かに大きく、とげとげと荒々しいその気は、少し興奮しているようだった。
悟空はピンとひらめく。自分の父が帰ってきたのかもしれない。
とげとげしい気が、ギネと急接近したまま留まっていることを感じ取ると、悟空はふわりと舞い上がり、家路を急いでいた。


2020/09/14