グレイゾーン8
物静かな夜と比べ、この惑星の朝は早くから賑やかだった。外から物売りの声が聞こえ、活気づく人々の声で悟空は目を覚ました。
悟空の母もすでに目を覚まし、朝食の支度に追われている。寝ぼけ眼を擦りながら食卓に向かうと、テーブルには多くの料理が並んでいた。
「目が覚めたかい。さ、そこに座りな」
母ギネはそういってフライパンを振るう。地球での朝の食事では考えられない種類と量が置かれているというのに、まだ作る手を止めないようだった。
悟空はおはよう、と母に挨拶をした。ギネは何のことだかわからず首を傾げる。
「なんだいそれ」
「オラんとこの星の挨拶だ」
「そうなのか! ……なんだっけ? お……」
「おはよう、だ」
オハヨウ! ギネは悟空の言葉の真似をする。そうだ、と悟空が微笑むと、ギネは満足そうな顔をした。
ギネは息子が育った星のことを何も知らなかった。悟空がどうしてここまで大きくなったのか、どんな人と出会い、どんな環境で育ったのか。ギネは小さなことでも知りたいと思った。
悟空にとって親は架空の存在だったが、ギネにとって息子は確実に存在していた。たかだか挨拶一つを熱心に知りたがる姿をみて、悟空は息子を思う母の気持ちを慮った。息子と離れ離れにならなくてはいけないことがどれほど悲しいことか、それは悟空の想像を超えていた。
「今朝なら食べられるだろ」
ギネは悟空の前に大きな皿に入ったスープを置いた。とてもいい匂いがするのに、見た目は透明で、どんな味がするか想像もつかない。ギネは昨日、悟空がほとんど食事に手を付けていなかったことを気にしていた。他所で食べたからだと言われても、母の手料理を食べて、美味しいといってくれる姿を見たかった。
「遠慮なく食べとくれ」
ギネはにこりと笑うが、内心は不安だった。長く外の星で暮らし、この星の味が合わないかもしれない。それは仕方のないこととわかっていても、いざ現実を突きつけられればショックなことだろう。だがそれでも、ギネは自分の手料理を食べる息子の姿が見てみたかった。
悟空はギネの言葉に甘え、用意された料理を遠慮なく食らった。どれも地球では食べたことのない料理で、不思議な味やにおいがしたが、とても美味しいものだった。一癖も二癖もある味は食べるだけでも好奇を掻き立てられ、悟空は夢中になって食べ続けた。
「……なんだよ。オラ、まずかったか」
ギネは自分の作った料理に手を付けることもせず、夢中になって食事をする悟空を見つめていた。
悟空は地球にいた頃と同じような調子で食べてしまったことがいけないことだったのかもしれないと思った。遠慮なく食べていいという言葉は、悟空が思うような言葉の意味とは違っていたのかもしれないと。
「いや、いい食いっぷりだと思ってさ」
ギネはそういうと、まだ手をつけていない皿を悟空の近くに寄せた。いくらでも食べな。そう言ってギネは嬉しそうに笑った。
2020/09/14