気持ちいいことしか知らないの2


   二

二人の秘密のキスは続いていた。二人きりが待ちきれなくて、東卍の集会帰り、人目を盗んでキスをすることもあった。
キスをする時はいつも八戒からしていた。八戒がしたいからして、場所や時間を問わず、よほどのことがない限り三ツ谷は断ることもなく受け入れていた。
どんな無茶な願いでも受け入れてくれる三ツ谷に八戒は幸せを感じていたが、次第にそれを不満に思うようになった。三ツ谷から八戒にキスがしたいということがなかったからだ。
始まりを考えれば当然である。八戒がしたいからキスをしているのだ。しかしキスをするのが当たり前になった今では、三ツ谷からキスがしたいと言い出してもいいんじゃないか、と八戒は考えるようになっていた。

「だからタカちゃんからして」

八戒はそういって、三ツ谷を待つように目を瞑る。三ツ谷は甘えたようにいう八戒に呆れて開いた口が塞がらない。
しかし呆れながらも、三ツ谷は八戒を否定しない。
いいけど。そしてそうやって前置きをした後、「いいんだな?」とあらためて三ツ谷は言った。
あらたまって言われると、何か間違ったことを言ってしまったのかと思って八戒は動揺した。いつも自分からしているキスを三ツ谷からしてもらいたいだけで、することは何も変わらないはずなのに。

「エ、うん……。いいけど、……。タカちゃん、オレ変なこといってる?」

動揺する八戒を見て三ツ谷は己の失態に気付く。
三ツ谷は八戒とのキスをかまえるつもりはなかった。それは八戒とのキスをどうでもいいことだと思っているからではなく、特別なことだからこそ、特別だという空気を出さないようにしていた。
それは二人でいる時の今までの空気を壊せば、八戒は二度と自分にキスをしようなどと言い出さない気がしたからだ。三ツ谷は八戒の前ではただの幼馴染をきどり、あえて家族にするキスのような雰囲気を保っていたのだ。
しかし八戒から自分のキスを求められているとなったら、喜ばないわけがない。つい三ツ谷は舞い上がり、こうして畏まってしまったというわけである。
三ツ谷は激しい動揺を隠しながら、会話を交えていつもと同じ空気に引き戻す。八戒がにこにこといつもの笑みを浮かべ始めたところで、三ツ谷はそっとくちづけた。
三ツ谷の唇が八戒とぶつかった瞬間、ドンッと思いきり三ツ谷の体が押し飛ばされた。一瞬何が起こったのか分からなくなり、三ツ谷の頭が真っ白になる。目の前には小さく震えながら驚く八戒が、三ツ谷を引き剥がすように腕を伸ばしていた。

「あっ、ちが……っ!」

八戒の表情が一瞬にして曇る。
しかし三ツ谷も裏切られたような気持ちだった。三ツ谷からのキスが欲しいといったのは八戒で、自分は間違ったことをしていないはずだった。

「いきなり口にすんだもん!」

八戒は顔を真っ赤にしていう。 

「ほっぺから! してよ!!」

照れなのか、怒りなのか、八戒の声色だけでは正しい意味が分からない。
わりぃ。三ツ谷は平謝りする。とにかく、怒らせる意図はなかったのだから、なんとか機嫌を直して欲しかった。
いつも困るくらい三ツ谷を見てくる八戒が、三ツ谷と顔を合わせないように顔を逸らしている。三ツ谷は無性に寂しくなった。
しかし、なるべく自分の感情を押し殺したものの、重ねた唇から自分の邪な気持ちに気付かれたのかもしれないとも思い、三ツ谷は言い訳ができなかった。
二人は二人だけが知る倉庫の裏で無言になった。誰も来なくて、気兼ねなくキスができるとっておきの場所なのに、今は鍵のかかった部屋に閉じ込められたような気分になった。
八戒は俯き、視界は薄茶色の地面だった。八戒は三ツ谷からされたキスで頭がいっぱいで、感情の処理がしきれずに頭がぐるぐるしていた。
三ツ谷とのキスで、唇同士を重ねたことは何度もある。しかし三ツ谷からしてもらうというだけで、八戒はいつものキスと何もかも違うような感覚になっていた。いつも自分からしていることを、三ツ谷からしてもらうというだけで、なぜこんなにも胸がドキドキするのだろう。

「タカちゃん、ごめん」

八戒はワケが分からないまま、しかし、まずは三ツ谷に謝ろうと思った。キスをして欲しいと言ったのに、イヤだといって拒否をすることに近い態度を取ってしまったことに。

「なんでだよ」
「なんか、そう思ったから」
「謝んなよ」

三ツ谷は傷付いていた。自分が八戒を好きだとバレて、それを断られているように思えたからだ。
三ツ谷も俯いていた。いたたまれなくて、早くこの場から逃げたいような気持ちになった。

「ねえ、タカちゃん。また、してくれる?」

三ツ谷はぱっと顔を上げ、隣に座る八戒を見る。八戒は気を落としたままで、まだ地面を見つめていた。

「ホントに、オレ、驚いただけなの」

八戒の真意は三ツ谷には分からない。しかし、自分が八戒を好きだという気持ちよりも、今はうなだれる八戒を元気づけてやりたいという気持ちが強くなる。

「わかってるよ」

三ツ谷はそういって八戒の頭を撫でる。手に馴染む丸いラインが心地良い。

「また、口がいい」

八戒はそういって、ようやく顔を上げた。少し潤んだ瞳が見えて、三ツ谷の胸がきゅうっと締め付けられる。
明日もしような。三ツ谷がそういうと、八戒はうんと小さく頷いた。