グレイゾーン16
強くなるためには地道な努力が必要だ。悟空はそれを知っていて、ベジータに勝てなかった翌日も朝から修行に励んでいた。地球で体を動かしていたように、まずは準備体操とばかりに修行のルーティーンを始める。それは軽いストレッチから始まるのだが、どうにもいつもと調子が違う。疲れが溜まっているのか、慣れない場所での修行だからか、悟空は不思議に思いながらも休まず体を動かし続けてみたが、やっぱりどうにもその違和感が拭えない。
全体的に体が重いと気付いた頃に、悟空は地球と体にかかる負荷が違うのではないか、という考えに辿り着いた。つまり重力が違うということだ。
それがはっきりとしたのは、ベジータとの会話である。悟空が野良修行をしていたある日、ラディッツが悟空を訪ねてきた。ベジータが呼んでいるというシンプルな呼び出しに、悟空は素直に従った。
ベジータは悟空を王宮の端にある建物へと招待した。そこはベジータ専用のトレーニングルームで、最新の機器がずらりと並び、激しく動いてもぶつからないほどの広さがある。ベジータはその場所を自由に使っていいといった。
なぜ嫌っているはずの自分に優しくしてくれるのか分からなかったが、悟空はベジータの好意をありがたく受け取り、その日から野良修行と並行して王宮へも出入りするようになった。ベジータが用意したトレーニングルームには、どれも地球にはない特殊なマシーンが並んでいる。数ある機械の中で特に驚いたものが、メディカルマシーンと呼ばれる治療器具である。特殊な液体に浸かるだけで体の痛みをとるそれは、どれほど体を痛めつけても怪我があっという間に治ってしまう。仙豆には遠く及ばないものの、地球の医療器具では考えられないほど画期的な機械であった。
ベジータは悟空が王宮に来ていると、仕事の合間を縫ってたびたびトレーニングルームを訪れた。ベジータはトレーニングをする悟空に、よく地球のことを尋ねた。生息する生物や、悟空の生まれ育った環境、独自の文明の話など、その内容は多岐に渡る。ベジータはどの話も真剣に聞いていたが、とりわけ戦いに関することはより深く聞き入っていた。
そもそも、サイヤ人の王子として誇り高く生きるベジータが、下級戦士の、それも他所の星で育ったような野生児なんかに王宮の敷居を跨がせるなど信じられないことである。それは悟空との僅かなやりとりの中で、ベジータは自分の信念を曲げてでも手に入れるべき価値のある情報があることに気付いたからである。
ベジータは耳から目にかけて、常に不思議な機械を付けている。色のついた透明のガラス越しに人を覗くと、その人物の強さが図れるスカウターというものだ。それは一定の範囲内にいる生き物の強さを測り、その位置まで表示することができる。
しかし目の前にいる悟空は、スカウターもなく、生身の状態のまま、相手のおおよその強さを計ったり、その位置を確認することができる。ベジータは悟空のもつ不思議な能力と、発達の遅れた星だと思っていた地球の文化に強い興味を示していた。その能力はベジータ個人だけではなく、この星にとってとても有益なものであることに違いないからだ。
ベジータが悟空にトレーニングルームを与えたのも、それらの情報を偽りなく得るためである。相手にとって自分が有益であると示し、信用させることで、ベジータは悟空のもつ情報をすべて奪い取ろうという算段だった。
悟空はベジータの思惑など知らず、尋ねられたことはすべてに答えた。地球で行ってきた修行、亀仙人との出会い、仲間たちのこと。悟空がかめはめ波と呼び、ベジータの放つエネルギー弾とも似た技や、相手の力の源である“気”を探ることは、それらの過程で身に着けたものだといった。
「亀仙人って呼ばれてるじっちゃんがいてよ。メチャクチャつええんだ。いつもは気を抑えててよ。一気に増幅させることで、でけえ一発を放つんだ」
気とは、力の源のことだ。相手の力を見極め、不要な力を抑えることで、無駄な力を消費せずに長く戦えるようになる。それはべジータたちサイヤ人にはない発想だ。そして気のコントロールを利用し、限りなくゼロに近いほど抑えれば、スカウターで自分の居場所を消すこともできるというわけだ。
ベジータは悟空の話を聞きながら、己に潜む力をなるべく小さくするようなイメージを浮かべる。悟空はコツを教えようと申し出たが、ベジータはそれを断った。下級戦士にできて自分にできないことはないと、決して手を借りることはしない。
実際、ベジータは悟空から気のコントロールの話をされて僅か数日でそれを物にした。
2020/12/06