diary

×知ることや知識へのコスト

持っている知識と話が大前提で違うと色々話が通じない、ってことを久々に味わった。
似たような人って話してて楽だし楽しいわけだが、それって新しい発見もないなと思う。
だからそういう全く知らない世界の人と話すのって私は楽しくて、楽しいし興味があるだけなんだけど、楽しくて興味があると、それを好きだと思われてしまうのもあるのか、という気持ちになった。
でもね、一度もそれを好きとは言ってないわけよ。ただそれ事実として興味を持って聞いているだけで。私はそれをしないけど、あなたが好きならしたらいいんじゃない、ってくらいだから、犯罪でなければいいも悪いもないわけだ。
でもそういうスタンスってそんなにないのかな?そんなことないと思うんだけど。
だってテレビや本で知らない世界の話見たり聞いたりする番組とか、特集ってあるじゃない。だから知らないことを知るだけで充分面白くて、興味がある話になるんだけど、そこに肯定がないと分かった途端キレられてしまうの、なんかズルいうか、騙されたって言われましたけど騙してもないし、事実でしかないし。
これを好きで肯定してますか?って具体的に聞いてきたならまだしも、それについてはずっと否定してるのに。なんだか難しいね。
でもこれもまた興味とか知るっていう学びではあるし、人前に出るとか仕事中とか、つまりきちんと身元が知れているっていう担保はすごく大事だなとあらためて感じるのでした。
(2023/05/14/16:53)
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