☆神楽殿での仕事は少なくはない。忙しい時期も当然あるし、缶詰めになって仕事をするのも、わたしは全然仕方がないと思っているというのに。そうは問屋が卸さない、とばかりに、仕事を邪魔してくる好きものも居るものなのだ。




「おいお前、何徹だ」

 いつの間に目の前に腰掛けたのか、イヌイの顔が近い。眉をひそめて、目を細めて。わたしを見るイヌイの表情は険しい。

「徹夜なんてしてないよ。効率悪いでしょ」
「隈すげえけど」
「できやすいの」
「できてるってことはいつもより寝てねえって事だろうが」
「うるさいな。イヌイに関係ない」

かちん、と、分かりやすく書いているみたいにイヌイの表情が歪む。ぐい、と腕を引かれ立ち上がらせられて、俵みたいに担がれる。

「ちょ…!」
「直近で必要な分は終わってるって聞いてんだよ。今日は休みだ」
「は!?いら、いらない!」
「うるせえ。一日付き合え」
「ちょっと、勝手に…!」
 
 一日イヌイくんとデートさせられましたとさ。





「コトカ」
「……シン」

 一端筆を置くと、少しだけ、きつく吊り上がっている切れ長の目が、緩んだ印象を受ける。

「滞りなく進んでいると聞いているよ」
「はい、つつがなく」

 シンがいると、部屋の空気が引き締まる気がして、しゃんと背筋が伸びる。

「少し、付き合ってくれないか」
「? 業務ですか?」
「いや、個人的なことだ」

 個人的。いまいち意味が呑み込めないまま、ある程度道具を片付けて立ち上がる。シンの言うことは絶対だ。個人的であろうと何だろうと。

「何処へ?」
「僕の部屋」
「……?自室ですか?」
「良い茶が手に入ったからね」
「はい?」





「コトカ、お疲れ様」
「げ、ヒノト…」
「げ、って何?傷つくなあ」

 穏やかな笑顔を携えて入ってきたのはヒノトで。奴が来て仕事が捗ったことはこれまで一度もない。じとりと睨むと「可愛い顔が台無しだよ」なんて言ってみせて、仕事の邪魔ったらありゃしない。

「何か急用?」
「うん、ちょっとね」
「何?」
「そう急かさないでよ」

 一体何がしたいのか、優雅な仕草で腰掛けて、にっこりと笑う。

「……ヒノト」
「ん〜?」
「香、焚いたでしょ…」
「あはは、気付いた?もう少し気付かれないかなと思ったんだけど」

 恐らくは安眠したい時に使う香だろう。落ち着いた香りがふうわりと鼻腔をくすぐり、頭まで回って気持ちを穏やかにしていく。どう考えても仕事中に焚いていい種類の香じゃない。

「少し休みなよ。みんな心配してる」
「…もうすこしで、キリが良かったのに…」
「コトカの少しは信用できないよ。ほら、少しお休み」

 お膳立てされた空間では、眠りはすぐそこだ。





「コートカ」

 軽い声がして、ヒョイ、と顔を出したのはイナミ。わたしと目が合うと、花が咲いたみたいににっこり笑って部屋に入ってくる。

「順調?」
「うん」
「コトカだもんね」

 すとん、と腰を下ろして胡坐をかく。「それ、もうすぐ終わる?」遠慮なく書類を覗き込んでくるイナミと視線を合わせて、こくりと頷く。

「これはもうちょっと。何か用だった?」
「うん」

 合蹠の姿勢で足の裏を合わせて、その足に両手を乗せて、子供みたいににこにことわたしが仕事を終えるのを待っている。……これは。

「……イナミ」
「それ終わったら、遊びに行こう?お腹すいたでしょ?」
「すいたけど…」

 にこにこと、邪気なく。わたしを甘やかそうとするイナミのことを、わたしは突っぱねることができないのだ。

「……イナミ」
「うん?」
「心配してくれてありがとう」
「どういたしまして」