「失礼致します。シン様、そろそろご休憩の頃合いかと」
筆を走らせていると襖を静かに開け頭を下げたコトカがいた。
刻を確認するとコトカの言う通りそろそろ一息ついた方が良さそうだ。
「ありがとう、コトカ」
筆を置くとコトカは顔を上げお茶とごま団子を乗せたお盆を持ち室内へ入ってきた。
いつ見てもコトカの所作は綺麗だ。コトカの一族がそういったものだというのもあるがコトカの放つ雰囲気やコトカの追求心の高さから来るものも大半を占めるだろう。
僕が心を休められる数少ない存在。
ことりと静かに机の上に置かれたお茶とごま団子。
それらに触れないように着物の袖を押さえるコトカ。袖から覗く手首は相変わらず折れてしまいそうなほど細い。
「それでは、わたしはこれで失礼致します」
すぐに退室しようとするコトカを呼び止め、共に一息つこうと提案する。
「それではシン様がゆっくりとご休憩出来ないのでは…?」
「むしろコトカがいてくれた方が僕は落ち着くよ。それにコトカもそろそろ一息ついた方が良さそうだ」
コトカのことだ、今日も休むことなく働いていたのだろう。自分の仕事が終われば他の者を手伝い、新たに仕事が入れば効率よくそれを処理する。有能なのは分かるが些か働きすぎのように思える。まあ、僕も他の王子達に似たようなことを言われたが。
僕が折れないことを分かったのかコトカは「分かりました」と頷き、立ち上がろうとしていた姿勢をもとに戻した。
「それから分かっているとは思うけど今はいつも通りでいいからね」
そう、僕とコトカは想いを寄せ合っている。お互いに仕事に私情は挟まない主義だから仕事中はあくまで王子と従者という立場を全うしている。
しかしそこから離れれば立場はなくなる。それは一息つく時も同じ。2人きり、他の者が来ないと分かっているという条件を満たしていればだけど。
「シ、ン」
「ふふ、まだ呼びにくそうだね」
「ごめん…」
「気にしなくていいよ。無理強いするつもりもないからコトカのタイミングで構わない」
敬語は抜けるようになったけどどうもコトカは呼び捨てにはまだ慣れないらしい。そんな愛らしい一面を知っているのが僕だけというのは何とも言えない嬉しさがある。
「うん、今日のお茶も美味しい」
コトカの淹れるお茶は香りが良く立っていて旨味も良く引き出されている。このお茶を飲んだら他の者が淹れたお茶は飲めなくなる。
僕の言葉を聞きコトカは口元を緩めた。やわらかい笑み。胸の奥があたたまっていくのが分かる。
「良かった」
自然体のコトカと接することで何より心が休まり、自然体のコトカにつられるように僕も自然体でいられる。それがどんなに難しいことだったかコトカはきっとまだ知らない。
「コトカ」
「?」
「好きだよ」
不意に距離を詰めてそう伝えるとコトカは目を見開き詰めた分の距離を取ろうと後ろに下がろうとする。けど、それを僕が許すはずがない。コトカの背に片腕を回しそれを防いだ。そして片手でコトカの手首を掴み、さっきよりも距離を詰める。コトカの瞳いっぱいに僕が映り込む。
「こんな細腕などいつでも僕が折ってしまえる」
いくらコトカが鍛えていようと、その辺の者たちよりも強かろうと、僕には関係のないことだ。僕は簡単にコトカを捕まえることが出来る。
「でも、それをしないのは君を傷つけたくないからだ」
壊してしまいたいほど好き、というのはきっと歪んだ愛なのだろう。
けれどそれが僕の愛なのだから受け入れてもらうしかない。だから、傷を、痛みを与える代わりに掴んだコトカの手首に唇を押し当てた。
「もし恨むのなら、君をこんなに好きにさせた君自身を恨むんだよ」
手首の皮膚を吸い上げ赤く印を刻んだ。