生徒会は思った以上に仕事がある。今まで他に割いていた時間は取られていくけれど、それ以上にやりがいを感じている自分がいて、どこまでもシン会長の思う通りにいっている気がしてちょっと納得がいかない。考えたら負けな気がするので、この思考はここで遮断しておくけれど、しかし。やりがいを感じているとは言うものの、納得がいかないことは、日常のなかでたくさん増えた。
「お前放課後作業頼むわ。図書室な」
「は!?ちょ、っと待ってくださいイヌイ先輩、」
「好きだろ?図書室」
にやりと笑う口許から尖った八重歯が見え隠れして、ひらりと手を振ってさっさと廊下を歩いて行ってしまう。その途中ですら女子生徒に声をかけられ腕を組まれているその人の名はイヌイ。先輩。
人の予定も聞かずわたしを顎で使うイヌイ先輩への好感度は下がり行くばかりだった。確かにわたしは一番下っ端かもしれないけど、あなたの下っ端ではないのである。どうせ絶対仕事が山のように積んであってわたし一人でそれを片付けるんだ。絶対そうに違いない。別にいいけど!
☆
「聞いてくださいよカノエ先輩!」
「あ、ああ、聞いている」
むしゃくしゃした気持ちで自販機に向かうと、偶然も偶然、カノエ先輩が立っていた。カノエ先輩は会計で、イヌイ先輩と同じ三年生だけど、イヌイ先輩なんかと違ってすごくいい人だ。ぶっきらぼうだけど優しくて、まじめで。カノトも「カノエ、すごくいい人」って言ってた。ていうかカノトって生徒会の人たちみんな呼び捨てなんだよね。小学校から一緒とか?
奢ると言ってくださるから遠慮していたのに、三回くらい断ったところで痺れを切らしたように自販機に向きなおったカノエ先輩は、わたしに買ってくれたらしいペットボトルを突き出してくれた。
「イヌイ先輩ひどいと思いません!?」
「…コーラで酔うな」
「コーラって美味しいですね」
立ったままイヌイ先輩に仕事を頼まれた旨を愚痴っていると、カノエ先輩はあいつ…と難しい顔をしつつ、わたしを諫める。炭酸って普段全然飲まないけど、なんだか気分が高揚する気がする。高揚を自覚したところで、感情に振り回されすぎなことを反省した。深呼吸。
「悪いな、イヌイは高圧的なところがある」
「カノエ先輩は悪くないです…」
「でもそれだけお前の腕を買っているんだと思うぞ」
そう言ってぽんぽんと頭を撫でられてしまっては、これ以上カノエ先輩には何も言えない。予冷が鳴ったからカノエ先輩と別れて、足早に教室へと向かう。
お前の腕を買っている、とカノエ先輩は言ったけど、それはない。きっとポッと出たわたしが気に入らないだけだ。そう思うとちょっとだけ、口元が歪んだ。
☆
放課後、担任の話が長引いてしまった。さっさと終わらせて帰ろう。がらりと図書室の戸を開けて、中へ入る。
「遅いじゃねえか」
「え」
座って作業をしていたのはイヌイ先輩。てっきり丸投げの図書室はからっぽ、を創造していたから、わたしは分かり易くびっくりしてしまう。ぱちくりと瞬きを繰り返していると、わたしから視線を外して書類に目を戻したイヌイ先輩が「早く手伝って」と自分の前の席を指さす。スクバを置いてそこへ座った。
「そこの資料ホチキス頼むわ」
「は、はい」
ちらりとイヌイ先輩を見ると、黒々とした睫毛を伏せて真剣に書類を読み込むイヌイ先輩がいて、調子が狂うなあ、と思った。
☆
「お前に仕事頼んどいて来てないと思った?」
「え?」
「俺、そんな酷い奴に見える?」
大方の作業が終わったころ。用済みだとばかりに書類から手を離したイヌイ先輩は、頬杖をつきながらわたしを見た。品定めするみたいな視線。そういうとこも、あんまり好きじゃないし。
「…いい人には見えないです」
「ぶっは」
思い切り吹き出したイヌイ先輩は、手の甲に額を預けてくつくつと喉を震わせている。「通りで俺には懐いてくれねえわけだ」一通り笑い終わった後、頬杖をつき直したイヌイ先輩は口元を緩ませてそう言った。
「懐くって…」
「カノエとかハナレは嫌いじゃねえだろ?」
「お二人は真面目でいい方なので」
「ふうん…」
少しの間考えるような顔をしたあと、イヌイ先輩はてきぱきと片付けを始めた。
「行くぞ」
「え?」
「手伝ってもらったからな。何か奢ってやる」
「待って下さい、イヌイ先輩」
「タダ働きさせるなんて俺の格が下がんだよ」
そうじゃなくて、と彼を止めると、訝し気にわたしを見る。
「まだ終わってないですよね」
「あとは俺一人で終わる」
「頼まれた仕事を中途半端にしておいたら、わたしの格が下がります」
イヌイ先輩の言い方を真似てまっすぐ彼を見つめる。「……お前、ほんと生意気」言葉に反して楽しそうなイヌイ先輩は、上げかけた腰をそっと椅子へ戻した。
よく分からないけど、わたしが思う程、嫌な人ではないのかもしれない。