「俺危ねえって言ったよな?」
わたしのお腹を支える太い腕。耳の近くからすごくすごく不愉快そうな声がして、わたしは体温が二度くらい下がるのを感じた。わたしが退治しようとした妖はイヌイが消し飛ばしたらしく、電柱の上に立つイヌイに抱えられているわたしの脚はちゅうぶらりんだ。ちょっと怖くなってイヌイの服を握る。それを察してくれたのか、くれていないのか、黙ったままわたしを横抱きにしたイヌイはぐっと深くしゃがんで、脚をばねのようにして飛び上がった。向かうは家の方向だ。ああ、これはお説教コースかな、と、遅くなるであろう夕飯の時間に思いを馳せた。
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戌の式神・イヌイ。わたしが使役する式神。
わたしはこの地域をまもる陰陽師の一族で、式神を使って力を借りながら、この地域に蔓延る妖怪奇怪もろもろを退治している。わたしの一族は12歳で式神と契約するから、彼との付き合いはもう6年めになる。
イヌイは最近めちゃくちゃに当たりが強い。何となく理由は分かっていて。一人前と認められるようになって、危ない仕事も増えて、体を張ることも増えた。なんだかんだ冷たそうに見えてもイヌイは過保護だから、わたしが無茶することに怒っているのだ。たぶん。
霊力が強いというだけで、からだは生身の人間だ。そんなことは分かっている。多少傷の治りを早くするとかができるくらいだ。稽古用の武道場で強制的に正座させられているわたしを、立ったままのイヌイ見下すように睨みつけて「分かってねえだろうが」と低く唸った。こういうとき、なんとなく、戌の名残があるなあって思う。
目つきは悪いし声は地を這うみたいに低いし怖いけど、もうすっかり慣れてしまった。
「お前は俺を使えるってだけのただの人間だって何度言ったら分かる?」
「だったとしても、わたししか祓えないんだよ。わたしがやんなきゃ」
わたしがやらなきゃ、一般の人への被害は間違いなく広がるんだ。お腹に大穴が開くとか、手が吹っ飛ぶとか、時折、本当に時々、考えないわけじゃないけど。それでもわたしはやらなくちゃいけないと思う。
「……はあ」
イヌイがわたしの前にしゃがみこんで、わたしの頬を両手で挟んだ。わたしは唇を突き出す形になって、きっと間抜けな顔をしている。
「コトカ」
「なに」
「俺はな、これでも心配してんだよ」
「知ってる」
「…無茶するお前が心配だ。俺がいないときになんかあったら、」
「だってわたしには、イヌイがいるもん」
イヌイはいつだってわたしのそばにいてくれる。基本は人に見えないように姿を消して。人間のふりをして横にいることだってできるし、近くにいなくても、千里眼でちゃんと視てくれてることだって知っている。
「もしイヌイがいないときがあったら、何とかするよ」
しゃがみこんで近くなったイヌイ目がけてわらう。はあ、と溜息をついた後、イヌイはわたしの鼻先に噛みついた。
「俺以外に傷つけさせんじゃねーぞ」
「分かってるよ」
ぐう、とわたしのお腹が鳴ったので、お説教はお開きになった。イヌイに小突かれた。