お姉さんがどう見てもナンパに遭っている。
駅前、待ち合わせによく使われるスポット。大きな男二人に囲まれて露骨に嫌そうな顔をしている。お姉さんもすらりとした長身で、ふわふわしたボブカットの、可愛いより断然美人ってかんじのお姉さん。
わたしはというと。今日はこのあと予定もないし、急ぎの用事だってない。ばくばくと心臓がうるさい。一回目に入ったこの光景を、見なかったことにして通りすぎることができるか、と、言われると。
「…お待たせ、待った?」
ナンパから女の子を助ける常套句かよ、と思う。ヨルシカから借りた漫画の絵が頭の中を駆け抜けていくのを無視して。冷静に突っ込んでいるわりにものすごく緊張していて、思わずお姉さんの服の裾をつまんで、わたしより背の高いお姉さんを見上げた。
わたしの方を振り返るお姉さんはびっくりした顔をしていて、丸くした目を縁取る睫毛はすごくすごく長くて、くるりと上を向いていた。これで誰?とか言われたら人違いでしたって逃げるんだよ、わたし。どくどくうるさい心臓は手首の脈まで大きくして、緊張してるのがお姉さんにばれてしまいそうだなって思う。
誰も見れなくて俯いていると、ふわりと甘い、でも甘すぎない、色っぽい香りがして、ぎゅう、と与えられたのは体温と、柔らかい人肌だった。
「待ってたよ、今日もかわいい!」
演技のはずなのにしっかりと抱きしめられて、ついさっきまでとは違うふうに心臓がうるさくなる。お姉さん、声まできれい、と心拍をバックミュージックに思っていると、この謎の甘ったるい感覚に思考能力を奪われそうになる。まるではちみつをかけられて、そのまま溶かされているみたいだ。ちらりと見た男の人たちもびっくりと目を丸めていた。
「だから待ってる人がいるって言ったでしょ、今から私、この子とデートだから」
そう言って、お姉さんの柔らかい頬が頬に触れる。唇が肌にかするくらい近くて、なんだこれ、と思う一瞬を過ぎて、ああ、お兄さんたちから見たら、ちゅうしてるみたいに見えるのか、なんて他人事みたいに理解した。辞書を眺めて熟語の意味を頭に入れるみたいに。
「行こ!」
本当に楽しみに待っていた友達にかけるみたいな声で。お姉さんはわたしの腕に腕を絡ませて、男の人たちに一瞥もくれずに歩き出す。お姉さんの左手首にある時計、ラベンダー色のベルトに金縁のベゼルの時計、おしゃれでかわいいなあ、って、思いながら、お姉さんと歩幅を合わせた。
少しの時間、平日で人もちらほらまばらな道を無言で歩いて、お兄さんもいないだろう、ってとこまで来たら、お姉さんは立ち止まって、ぱっと腕を離してくれた。
「ごめん、ありがとう。助かっちゃった」
お姉さんはきれいに鳴る声でわたしにそう言った。首をかしげてわたしを覗き込むと、お姉さんの短くきれいに揃えられた髪型がふわりと揺れて、耳と一緒にピアスが顔を覗かせる。本当におしゃれなお姉さんなんだな、とおもう。にっこりと与えられる笑顔はとろけるように甘くて、こんなのナンパもされるだろうな、ともおもう。
「すみません、突然声かけちゃって」
「ううん!ほんとにしつこくて、ほんとに助かったの。こんなにかわいい友達いたっけってちょっとびっくりしたけど」
くすくすと口の前に手を置いて笑うお姉さんにつられるようにわたしも笑ってしまう。指先は単色のあかるいグリーンのネイルで彩られている。
なんか、すごい。お姉さんはなんだかこう、悪い意味ではなく甘ったるい雰囲気を持っていて、なんだかちょっと、つられてしまう。
「ねえ、今からちょっと時間ある?」
「え?」
「買い物に来た、って感じかな?ひとり?」
こくりと頷くと、お姉さんは嬉しそうに笑みを濃くする。
「お礼させてくれないかな?私と、ちょっとお茶しない?」
「お礼なんて、」
「いいの、させて?あなたが嫌じゃなかったら、だけど」
お姉さんともうちょっと話してみたいな、なんて、自分じゃないみたいな気持ちがどこかにあって。自分のものはちゃんと自分で頼もう、と心に決めて頷いたら、お姉さんはぱあ、と表情を輝かせて、
「ねえ、お名前聞かせてくれる?あなた、じゃ寂しくて」
「こ、コトカです」
「コトカちゃん…」
うっとり、って言葉が似合うような表情でわたしの名前を呼ばれてドキッとしてしまう。なんでわたし、初対面の女の人にこんなドキドキさせられてるんだろう。なんか、距離の詰めかたがうまい、というか。すんなり入ってくるのに近すぎなくて、どこか魅惑的で。
「私はヒノト、ヒノって呼んでほしいな」
ヒノさん、は、おしゃれな路地裏カフェみたいなところに慣れた様子で入っていって、頑なに拒もうとするわたしに「おねがい、ご馳走させて?」って眉を下げて言うものだから、なんとわたしが折れてしまった。ありがとう、って笑いながらお財布を出すヒノさんがおかしくて。奢ってもらってるのはわたしなのにな。それならと思って飲み物だけお願いしたら、「わたしとおやつ食べてくれないの?」とこれまたしょんぼりしながら言われてしまって、結局ケーキまでごちそうになってしまった。
「お昼には早いしおやつには早かったかなあ」
「あの、ヒノさん」
「うん?」
「こんな時間から待ち合わせ場所にいたってことは、誰か待ってるんじゃないんですか?」
アイスのチャイを飲みながらぼやくヒノさんにそう尋ねると、ヒノさんはふわりと笑う。その笑い方はさっきまでよりちょっとだけぎこちない気がしたけれど、「全然。今日はおひとりさまだよ」そう言って優雅にストローを使ってグラスの中の氷で音を立てたヒノさんは、「かわいい顔でぼうっとしてると食べちゃうよ」そう言って、わたしのフォークに捕まっていたモンブランを食べてしまった。