はじめてあなたの目を見た時に、ビビッてきたの。本当に。今までそんなこと、たとえば運命とか奇跡とか、そういうオンナノコが好きそうなものは信じてなかったし、これからも信じないとは思う。でも、それでもね、君と出会ったあの時のことだけはこれからも信じるし、譲れないって想うんだ。


「オズー!オズ!」
「はいはい何だいピケちゃーん?ってうわっ!」

屋根裏の部屋のベッドから飛び起きて、はしごを使わず飛び降りてオズに受け止めてもらう。見事大袈裟な音を立ててながらわたしを受け止めてひっくり返ったオズは「ちょっとやめて、おっさん腰が痛い」としくしく泣いている。そんなのは無視してオズの顔を覗き込むと、オズはめそめそ言うのをやめて。ゆうらりと揺れたオズワルドの瞳は、面白いものを見つけたみたいにきらりと光る。

「あたし、スケアクロウに行く」
「…そう、決めたんだね」

にんまりと口を上げたオズの魔法使いは、「いっておいで」と優しく笑った。



昔話はすきじゃない。お伽噺みたいに、昔むかしあるところに、それはそれは幸せな世界なんてなかったから。
あたしの国は滅びてしまった。小さかったあたしは理由なんて思い出せないし、思い出したくもないし、あたしには関係ない。そういう類のことを思うと頭痛がするから考えたくないし、考えない。とにかくあたしの生まれ故郷はもうなくて、命からがら逃げだしたあたしを助けてくれたのが、オズの国の王子、オズワルドだった。

「もう大丈夫。僕がいるからね〜」

時々、そうして思いっきり抱きしめてくれたことを夢に見る。オズワルドからはいつも控えめないい香りがして、あたしは何も言わずにいつも、オズワルドの肩口に顔を埋めていた。

オズワルドはお城に屋根裏を作って、屋根裏部屋とは言えないくらいに豪華で広いそこを、あたしはひとりで使うことを許された。カーテンもベットカバーも何もかも、あたしの好みで選ぶことを許してくれた。それなのに、荒んで荒んで荒み切ったあたしは、優しくしてくれたオズワルドにいっぱいひどいことを言ったし、物だって投げた。でもオズワルドはいつだって、あたしが落ち着くのを待ってくれて、そうして最後にぎゅっと抱きしめてくれた。あたしはいつもいつもそれで罪悪感を感じるのに、何度も何度も、駄々をこねる子供みたいにそれを繰り返した。

男の人に声をかけられることは、そこそこにあった。だれかが助けてくれることなんてなくて、目の前にいる男、あるいは男たちはにやにやと下卑たかおをしていた。あたしが口を開いたらきっと、「何だこの女かわいくねー」って言うに違いないだろうなって思ってた。だってあたしあんたたちなんか興味ない。見てくれだけで声かけるなんてホント最悪。それから、こういう人を見ると、小さいころの記憶が掘り返されるような気がした。燃えるお城、追いかけてくる男の人たち。時にはこんな、にやついた顔をしている人も、いたような気がした。幼いながらにあたしはなんというか、女性的な恐怖を、与えられていたのかなって思う。無遠慮に詰められる距離とか、勝手に触れてくる体温とか、そういうの。
自分で切り抜ける術は持っていたし、オズワルドもそういうグッズを作って持たせてくれていた。だからあたしは大丈夫だった。そう思ってた。

あたしを助けてくれる人に出会ったのは、はじめてだった。

「おいやめろよ!怖がってんだろ」

びりびりと、大きな声。背が高くて、大きな帽子のつばをぐっと上げて、あたしの手首をつかむ男の人の手を振り払う。あたしに声をかけた男の人は、あたしの抵抗が無駄だったって思うくらいにあっさりいなくなって。あたしは、あたしを庇うように前に立ってくれている男の人の広い背中に、ちらりと覗く髪の色に、釘付けになっていた。炎みたいに、夕日みたいに揺れるオレンジ色が、すごくすごく、きれいで。

「大丈夫か!?」

思いっきり振り返って、あたしを覗き込むまっすぐな目。カーネリアンの宝石みたいな色をした瞳はきらきらと眩しく光っていて、あたしを本当に心配してくれてるんだって、すぐに分かった。大丈夫、と呟くようにそう言うと、そうか、良かった!と、歯を見せて笑った。彼の笑顔がお日様みたいに眩しく感じて、あたしはそっと、彼を見上げる目を細めたのを覚えている。

「お前、ヤベーって思ったらちゃんと助け呼べよ。……って、怖くて声出ねーか」

がしがしと頭を掻いて言葉を探している彼を、あたしはじっと見つめる。オズにずっといたあたしだけど、その人を見たのははじめてだった。とは言っても、そもそもあたしは普段、買い物以外に街に出ることはほとんどないし、友達と呼べる人だって作ってない。オズは友達の一人くらい作りなよ、と時々言うけれど、めんどくさいし、部屋で本を読んだり、オズの発明を見たり話を聞いたりしていた方がよっぽどいい。だから、オズの民で知ってる人なんてこれっぽっちもいないのだ。

気を付けて帰れよ、じゃあな。そう言って、にっこりと、聞こえるんじゃないかってくらい快活に笑って、あたしの頭をぽんぽんと撫でてくれた。去っていく彼の背中を、あたしは見えなくなるまで眺めていた。

 まさかその人と、全力疾走で駆けて帰ったオズの城ですぐに再会できるなんて、思ってもみなかった。

「お前、さっきの」

 声が出せずに茫然とするあたしにまた、にっかりと笑いかけてくれたその人に。あたしはきっと恋をした。



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