何度瞬きをしても目を擦ってもそこは、わたしの知っている世界ではなくて。服装も違って。首筋に触れた髪は結われているくらい長くて、試しに声を出してみればわたしの声ではなかった。

「何してるの、里奈さん」

わたしの声を聞いた男の子が声をかけてくる。
この体の女の子の名前はリナちゃんというらしい。

「えっと…」
「なんかいつもと雰囲気違くない?」

眼鏡をかけたその男の子は顔を覗き込んでくる。眼鏡の奥の瞳が少し鋭く射抜いてくる。
この体の子と知り合いなら、話せば力になってくれるかな。(話を信じてくれるかは別として)
それにこの男の子には嘘が通用しないような気がして、わたしは戸惑いつつ正直に経緯を話し始めた。





「…というわけで、わたしにも正直何が起きたのか分からないんだけど、1つ言えるのはわたしとこの体の持ち主のリナちゃんの意識が入れ替わってしまった…ってことかな」

男の子はツキシマケイという名前らしい。どうやらリナちゃんとお付き合いをしているらしい。
彼がどこまでわたしの言葉を信じてくれるかは分からない。けど、わたしが把握していることは全て話したからあとは彼の言葉を待つしかない。

「あなたのいる所ではそういうことがあるんですか?」
「え?あ、うん。たまにあるって聞いてる」
「まさか当事者になるなんて思わないから元に戻る方法も知らないですよね」
「その通りです…えっと、あのツキシマくん」
「蛍でいいです。里奈さんの声でそう言われると違和感あるので」
「じゃあ…ケイ」
「はい」
「ケイはわたしの言ったこと信じてくれるの?」

わたしが言ったことはこの世界ではきっと夢物語のようなものだろう。なのにどうして彼は冷静に、笑わずにこうして話を聞いてくれて戻る方法まで考えてくれようとしている。
それが不思議で、思わず尋ねてしまった。

「僕が知ってる里奈さんとあなたはまるで別人です。口調や仕草を見れば一目瞭然ですし、何よりあなたが嘘を言っているようには見えません」
「…ありがとう」

彼はリナちゃんのことを良く見ているんだな。きっとリナちゃんも彼のことを同じくらい良く見ているんだろう。だって、リナちゃんの体は、胸は彼の言葉でじわりとあたたかくなっているから。
それって信頼関係があって、そこに愛情もなければ抱かないものだと思う。

「僕たちが元に戻る方法を探すのは難しいですね」
「そう、だね…」
「でも、あなたのいた所のヒノトさんって人が何かしらその方法を探してくれると思います」
「何で?」
「だって、話を聞く限りそのヒノトさんってあなたのこと大好きじゃないですか。そんな人があなたのことを放っておくはずがないでしょ」

他の人からそう言われるとなんだか照れくさい、というより恥ずかしい。ヒノトって少し話しただけでわたしのことそういう風に思ってるって伝わるんだ…意識が戻ったら気をつけ…ああ、無理だ。わたしが気をつけた所でヒノトが態度に出してしまう。そう思うと彼、ケイはなんだか精神的に大人な気がする。それともヒノトが精神的に子供なのかな。

「えっと、コトカさんは体動かすの好きですか?」
「え?好きだよ。稽古つけてもらってるくらいには」
「じゃあちょっとバレーボール、してみません?」

彼の突然の申し出。きっと話題に困ったのかもしれない。彼はヒノトみたいにお喋りが好きそうには見えない。なんというか、必要最低限の言葉で全てを伝えるという感じ。
それに彼が言っているバレーボールというのにも興味があって、頷いた。





本来ならバレーボールというのは1チーム6人で相手と得点を取り合うものらしい。しかも攻撃までにボールに触れられるのは3回までで、長くボールを持っていることも出来ない。それをすると反則になるらしい。
簡単なボールの扱い方を彼から教わって、軽く何度かボールを弾ませてみる。わたしがある程度コツをつかんだことを確認すると彼はわたしと距離を少しとって、2人でするパス回しをしようと言ってきた。

初めは中々続かなかったけれど、続けていくうちに続くようになって。それが楽しくて、思いの外はしゃいでしまった。

「楽しかった、ありがとうケイ」
「こちらこそ。上達が早くてびっくりしました」

近くにあったベンチに腰かけて彼から渡された飲み物を有り難くいただいた。
お互いに少し汗をかいていて、やわらかく吹く風が肌を撫でて気持ちいい。

「ん…」
「どうかしましたか?」
「体動かしたのかなんか、眠くなってきて…」
「肩、貸しますよ」

眠さで動作緩慢になったわたしの頭を(実際はリナちゃんの)彼は自分の肩にもたれかかせるように引き寄せた。
その動作に胸が高鳴ったのは、リナちゃんの体が彼のことを覚えているからなのかもしれない。

「リナちゃんはケイのこと、だいすき、なんだね…」
「え?それってどう…」

彼の声が途切れて、私は眠りに落ちた。











眠ってしまった里奈さん(意識はコトカさん)から返事は返ってこなかったけど、僕の肩で眠る彼女が気持ちよさそうに静かに寝息を立てているから、きっとこれがそういうことなんだろうと思うことにした。

「…ふわ、」
「あ、起きた」
「あれ?蛍?なんでわたし寝てたの?」
「さあ?じゃあ、起きたとこで帰ろっか」
「ちゃんと説明してよー!」

起きた彼女…里奈さんは間違いなく僕の知る里奈さんで。ああ、2人とも無事に戻ることが出来て良かった。
けど里奈さんの言動からすると意識が入れ替わっていた間の記憶はどうやらなくなるらしい。

教えてと連呼する里奈さんをはぐらかしながら僕は里奈さんの手をいつもより強く握りしめた。