「か、カノエ兄様っ…!」

どん、と背中に何かがぶつかる感覚と、聞き慣れた声。ふと視線を下げて背中の方を見ると、焦ったような妹の表情があった。普段から冷静で落ち着きのある俺の妹のこういう顔は珍しいと思うと同時に眉間に力が入る。

「どうし、」

俺の妹、コトカにがこういう顔をしている時は、だいたい決まったやつが一枚噛んでいるに違いないのだ。
俺がコトカへの問いを完成させる前に、そいつの声が俺のそれを遮った。

「も*コトカ、逃げ足が早いなあ」

にこにこと現れたのは未の王子、ヒノト。女に優しいと言えば聞こえがいいが、手癖が悪いこの男は、何かにつけて俺の妹を追いかけまわしている。ヒノトが現れた瞬間コトカはさっと俺の後ろに回り込んだ。俺もコトカを庇うように片手を広げる。

「やめろヒノト、今度は何だ」
「何って、バニーガール」

覚えてるでしょ?オズで言ってたやつ。ばさりと衣装を広げていけしゃあしゃあとそう言うヒノトを一発殴ってやろうと思った。オズのアミューズパレスに訪れた際に奴が仕込んだ知識、ばにーがーるとは、兎の耳を付けて、露出の高い服(あれは服と言えるのだろうか?)を着用した女のことらしく、いかにもヒノトの好きそうなものだった。卯の一族への侮辱にも程がある。というかその服どこで、とと問えば、オズワルドから送られてきたのだという。あいつ。

「女をからかうとは感心しないぞ」
「やだなあ、からかってなんかないよ。あんな涙目であんなかわいい顔して逃げられたら、」

追いかけたくなるのが男の性ってものじゃない?ね、と声をかけた先にはコトカ。目が合ってしまったのか、びくりと震えたコトカはまた俺の服を握りしめた。


「着てみるだけ、ね?」
「わたしは申の一族です!卯の服なんて着ません!というかそんな服!服じゃないです!」

俺の後ろにいるコトカを覗き込むように追いかけるヒノト、逃げるコトカ。俺を中心に円を描くような攻防戦。おい、俺を挟むな。

「相変わらず露骨な格好が好きなんだな、ヒノト兄さんよ」

そしてもう一人、問題児の声。何だってわざわざ今、俺の城に二人が揃うんだ。ヒノトはコトカを追いかけてきたとして、どうしてお前が。

「イヌイ…」
「何言ってるの?コトカは何着てもかわいいでしょ。着せても君には見せないし」
「見えないから見たくなるんだろ」

イヌイにヒノト。犬猿(申ではなく未にして欲しい)の仲である二人は、睨みあって対峙し始める。仲が悪いだけならまだしも、揃ってコトカに興味があるらしく、どちらもちょっかいをかけるから困ったものだ。

「今から俺とコトカは稽古に入るからな。邪魔するなよ」
「えー」

仕方ないとばかりに肩をすくめてコトカばいばい、とにこやかに手をふるヒノトに、にやりと口角を上げるイヌイ。やっと解放されたコトカは、大きく大きく溜息をついた。

「カノエ兄様、すみません…」
「お前は何も悪くないだろう…」

しょんぼりとうなだれる可愛い妹の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。コトカは俺を見上げてやっと笑った。俺の大事な妹は、相応しい奴が現れるまで俺が守り抜いてみせる。