「お前が律儀に反応してやるから、あいつらも調子に乗るんだ。何かされても心を乱さず無視しろ」

兄様の提言になるほど納得したわたしは、座禅をしているときのように心を凪ぐようにしようと決めたのであった。

★☆

「コトカ」

イヌイの声だと振り返らなくてもわかるから、わたしは歩く早さを緩めずにその声を聞こえないふりをする。いつもは振り返って嫌そうな顔をするから、イヌイも面白がってわたしをからかうんだ。兄様の言うとおり反応せず、気持ちいつもより歩幅を伸ばして歩いているのに。ぐい、と真横から引き寄せられて脚がもつれた。

「なあ、無視?」
「〜〜っ、」

腰を抱かれて引き寄せられて、強制的に脚を止めさせられる。肘で腕を剥がそうとしてもびくともしないどころか、そのままくるりと体を半回転させられて、向かい合って抱き締められるみたいにされる。顔を見ないまま思い切り体を押そうとしたら、顎を掬われて顔を上げさせられてしまう。顔を覗き込まれて、ちかくて、やっぱり顔が熱くなる。イヌイの香のにおいがして、

「はは、赤い」
「……っ、」

楽しそうな顔、むかつくのに。勝手に熱くなる顔がうらめしい。べつにイヌイにドキドキしているとかそういうのじゃなくて、男の人にこういうことをされてるからってだけだし、イヌイだって絶対に分かってるはずなのに。わたしをからかうように笑っているにが腹立たしい。

「何で無視すんの?寂しいじゃん」
「離して!」

寂しいとかそんなこと言って、いつもわたしのことからかって。最低だ。イヌイを思いっきり突き飛ばして逃げた。イヌイなんてきらいだ。

むかむかする気持ちにも任せて城のなかで許される範囲の全力で走っていると、曲がり角で誰かとぶつかる。

「おっと」

穏やかな声がして、そっと背中に手を添えられる。謝罪しようとして、目の前にある薄緑の着物、そしてふわりと香った香りにに嫌な予感。ゆっくりと顔を上げてみると、残念ながらその予感は外れてくれない。柔らかい表情が目に入って、血の気が引く。

「ひ、ヒノト……」
「大胆だなあ、コトカ。嬉しいよ」

逃げようと体を引いたら、背中に回された手がしっかりとわたしを押さえつけてくる。さっきのイヌイと同じような状況じゃないか。嬉しそうに細められた目がわたしを見ているのが恥ずかしい。するりと頬を撫でられてびくりと体が震えると、ヒノトは嬉しそうな顔をする。反応するなって言ったけど、これは無理です、兄様。

「は、離して」
「コトカから飛び込んできてくれたのに?」

顔をそらして淡々と返事を返そうと思っても、ヒノトの手が目を合わせろとばかりにわたしの顔にそっと触れてきて固定する。もう、もう、触らないでよ。

「急いでぶつかっちゃっただけ!離して!」
「おっと」

思いっきり腕を振ってヒノトを振り払って走り出す。ああもうきらいきらいきらい、ヒノトもイヌイも大嫌い!!!



「反応しないように務めたって面白がってくるし全然だめじゃないですか!兄様のうそつき…!」
「す、すまんコトカ、おい泣くな、悪かったから…!」