彼女に出会ったのは、穏やかに陽光の差す昼下がりだった。日は高いところから差し込んでいたけれど、照りつける眩しい光を物ともせずに、濡れ映えたようなうつくしさで、俺の前に現れた。彼女は太陽すら付き従えたかのように、その光を背に負って、神々しさすら纏っているように見えて。俺は瞳ごと彼女に捕らわれてしまったように、そこから動けなかったのだ。

今宵は新月で、丸窓の向こうも薄暗い静かな夜。彼女に出会ったのは日の出ているうちで、ぼんやりと庭を見つめて彼女に恋い焦がれるのは、決まってあの日に似た昼中だった。木を飾る色が変わっても、俺の目の奥はいつも、たおやかな白練色を探している。

いつも通りの俺の部屋のはずなのに、冴えるような朔の日の暗闇は、俺のいつかの記憶を鮮明にさせた。明るい記憶は暗闇に明々と映り、俺を蝕みはじめる。

鈴を転がしたと云うよりも、琴の弦を弾いたような声。人間は声から忘れると云うけれど、俺は、忘れ去ってしまったはずのその音を体のどこかで覚えているような、いつもそんな気がしている。もう少しも残っていないはずの香りがどこからか匂い立ってくるような心地に息が苦しくなる。

柔らかな手が、唇が触れた箇所。耳に触れた鋭い歯の感触。あちこちから熱は吹き出して、俺の息すらも熱く深くさせていく。ぞくぞくと背を走り俺を掻き立てるのは熱情で、劣情で。欲に濡れた俺は熱を持つ自身に手を伸ばす他に、この激情を治める方法を知らない。ぐずぐずと恨めしいほどに煮え立つ身体、上がる息、彼女の記憶の欠片を開けば開くほど、俺の腰は情けなく揺れた。
ヒノト、と俺を呼んだあの声を探せば、腹の奥の熱が体を煽って止まらない。

「―――っ、!」

手が熱い、短く吐く息が熱い、頭の中のすべてが熱い。

俺の恋はまるで呪いだ。一度だけ出会ったあの女の子に焦がれて、焦がれて焦がれて焦がれて、時折身を焦がす暴力的なそれに、俺は内側から食い尽くされそうになる。欲しい、と、焦げ付くような渇望で、俺は乾き切っているのだ。

行き場のない感情に蝕まれて、すべて出し切って脱力した俺は、声もなく、一粒だけ、涙を溢す。



焦香 こがれこう