座椅子に体重をかけて、立てた片足を肘置きにする。髪がちらちらと頬を掠めるのが鬱陶しかったけれど、髪紐は寝台の近くに置いたままなのを思い出して微かに舌を打った。
そっと煙管に口をつけて喫い、ぷかりと煙を吐く。煙は一瞬俺の視界を雲のように遮って、見事な満月を俺の目から消して消える。葉の味の残る口から、俺は深い息をついた。

俺を満足させると宣った女の子は、布団でくたりと力を失って眠っている。何時から、何度め、何人目なんて、最初から数えてない。持て余した欲をぶつけて酷くすればいい、好い相手を思えばいい。そうした誘い文句に誘われるがまま、俺はその口車に乗せられ、あの子の濡れた姿を思い描いて、手に余る熱情を全てぶつける。言ってしまえば、捌け口だ。行き場を失った俺の感情の捨て場所。どんなに深く繋がっても、唇を許したことは一度もない。情は無く、優しさも形だけ。その行為には、何も無い。女の子を利用するのは良いことではないけれど、俺からは絶対に誘わないし、それでも声を掛けてくるというのなら、その子にだって何かしらの利益はあるのだろう。興味はないし、知るつもりなんて一切ないけれど。

それでも、欲を晴らしたところで満足なんて一掴みも得られない。行為の最中は気が紛れても、出し切った後の倦怠感と合わせて、底知れぬ喪失感がやって来る。絶頂して上がった息を整え乍ら、絶望のような形をしたそれは、俺を残さず食いつくして、一切の俺の形を失わせていく。

「(過去の記憶に縋りついて、追い続けて)」

きっと誰の記憶にもない女の子。俺だけが追い続けているその影を、たとえば誰かに話してみたのなら、狂気の沙汰だと笑われるだろうか?そんな少女はお前が生んだ虚言の作り話だと。

作り話というのならそれでいい。誰かに知られるよりずっといい。俺の記憶の奥深くにだけ留め置いて、色を失い消え死ぬまで。

この一服が終わったら、俺は身を清めて、金を置いてこの宿を発つ。自分の部屋で見ず知らずの女の子と、なんて、正直身の毛がよだつよね。ぷかりと煙をもう一つ。俺に移った女の子の香の香りに顔を顰めて、もっと深く、煙管を吸い込んだ。