はじめての口づけは、とても優しくて、ふわりと香るハナレさんの匂いがとてもくすぐったかった。





ハナレさんとお付き合いするようになってから早数ヶ月。公務や舞の練習で忙しいハナレさんは時間を見つけてはわたしにこっそり会いに来てくれる。その度に、帰る一瞬落とされる唇にいつもどきどきしていた。
唇が一瞬、そっと触れるだけなのにいつまでもハナレさんの唇の感触がわたしのそこに残っているような気がして、確かめるように触れてしまう。自分の唇なのに、自分のではないみたいな、変な感じ。かあっと頬に熱が集まってしまって、その熱を下げるようにわたしは両手でぱたぱたと自分の頬を仰いだ。

「ハナレさん…」

名前をぽつりと零すだけで心臓が高鳴るなんてはじめての体験で、こんなにも胸の奥が熱くなるものだなんて知らなかった。ハナレさんが、はじめてを沢山教えてくれる。





仕事が終わって、寝間着に着替えようと帯を解くと二つ折りにされた小さな紙がはらりと足元に落ちた。
なんだろうと拾い、紙を広げるとそこにはハナレさんの文字で『夜、俺の部屋に来てくれ』と書かれていた。

「いつの間に…」

もしかしてあの帰る一瞬の口づけの時に帯に挟まれたのかな…全然気づかなかった。

わたしは急いで身支度を整えるとなるべく人目を避けながら静かにハナレさんの部屋へと向った。
ハナレさんとわたしがお付き合いをしていることは城内で知られているけど気恥ずかしくて。まるで悪戯をするような、どきどき感がわたしの胸を速くさせた。

「ハナレさん?」

襖越しに声をかけるとハナレさんが待ち構えていたように襖を開けて、その瞬間ぐっと引き寄せられてあたたかな胸に包み込まれた。わたしの背後から静かに襖が閉まった音が聞こえた。
突然抱きしめられたことに頭が追いつかなくて、ただ鼓動が速くなるのだけは分かった。

「コトカ」
「っ、」

何、この甘い声。知らない。わたしの知ってる穏やかなハナレさんの声じゃな、い。
甘くて少し掠れているような声はまたわたしの鼓動を速めて、わたしを抱きしめるハナレさんの腕の力が強くなると息が止まりそうなくらい苦しいのに、胸がいっぱいで、甘くて。この感覚は、一体なんなんだろう。

ハナレさんは一度腕を離すとわたしの顔を覗き込み、優しく笑った。さらりと揺れたハナレさんの髪は今日も綺麗で、艶がある。

「顔、赤い」
「それは、急にハナレさんが…」
「俺が?」
「…抱きしめる、から」

顔が、近い。今にも鼻先がくっついてしまいそうな距離。今すぐ距離を取りたいのに、わたしの腰に回ったハナレさんの腕がそれをさせてくれない。視線を逸らそうにもハナレさんの視線に射抜かれてしまって真っ直ぐに見つめることしか出来ない。何、これ…?

わたしの答えに満足したようにまた笑うハナレさんは綺麗で、でもいつもと違う雰囲気を纏っていて。
どきどき、より、どくどく。そう、どくどくと心臓が脈打つ。強く、速く、体温を上げるように動く。

「コトカ」
「は、い」
「触れるだけの口づけじゃ足りなくなった」
「え、」
「少しずつ、進んでいきたい」
「す、すむ?」
「ああ」

それは、どういうことなんだろう。

「心配するな。全部、俺が教えてやる」

そっといつもみたいに唇が触れた。それが繰り返されたと思っていたら、ハナレさんの舌がくすぐるようにわたしの唇を割って、そのままハナレさんの舌がわたしの口内にするりと入ってきた。

「ふっ、ん…」

きゅっとハナレさんの腕にしがみついて、はじめての感覚に戸惑う。熱い舌先が私の口内をくすぐったり、わたしの舌を絡め取るように追いかけてきたり。
後頭部に回ったハナレさんの手が、ぐっとわたしを引き寄せて苦しくても唇を離すことが出来ない。息の仕方も分からなくて、酸欠状態になるわたしの脳はぼうっと何かに溶かされてしまったかのように働かなくなる。

こんな感覚知らない。ねえ、ハナレさん、これは何?どうして力が入らなくなる、の…?

「…コトカ、かわいい」

くてっと力の入らなくなったわたしをいとも簡単に抱きすくめて、ハナレさんはまたさっきの口づけを何度も繰り返した。
わたしはハナレさんのくれる甘い感覚に酔いしれながら目を閉じることしか出来なかった。