冬、あまりに数学の点数が低かった私は嶺二主催のお勉強会(参加者1名)に参加させられることになった。開催場所は、私の部屋。そこは嶺二の部屋でやれよ、と言ったが結局変わることはなかった。
嶺二とは文化祭をキッカケに付き合い始めた。元々嶺二とは小さい頃からの幼馴染で、勿論嶺二が私の部屋に来るのなんてもう数え切れないほどだけど、付き合い始めてから行くのとではまた心構えが変わってくる。
「あーんむり! わからん! 休憩休憩!」
「ちょっと、まだ始まって少ししか経ってないじゃん」
「むりだも〜ん、サラちゃん数学なんてできませ〜ん、ぷんぷん」
「そんなんだからいつも赤点取るんだよ」
「うるせ」
嶺二も勉強は好きじゃないし、私だって面倒くさい。でもこうやって二人で勉強をするのは、中学三年生のとき、同じ高校に入りたくて頑張ってたあの頃みたいでなんだか懐かしくなる。
「あ、サラちゃんの漫画増えてる? 見ちゃお〜」
「女子の部屋勝手に漁るな〜?」
私の声なんて聞こえていないかのように、嶺二は私の本棚を勝手に物色する。まあそれは今に始まったことでは無いけど。
完全にやる気を無くした私は、休憩ついでにリビングからお菓子でも持ってくるかと考える。
「1階行ってくる、嶺二もお菓子食べるでしょ?」
「モチのロン☆ あ、オドロキマンチョコぼく持ってきてるよ」
「ヤマトプリンス出た?」
「出なかった」
「かわいそっ」
ヤマトプリンスというのは、嶺二がオドロキマンチョコで狙ってる一番好きなキャラらしい。小さい頃からず〜っとオドロキマンチョコを買い続けているので、今やもう見慣れたものだ。
そんな嶺二を横目に私は部屋を出て、1階へと向かった。
◇
「ただいまんもす〜」
「おかえりちゃ〜ん」
お菓子と飲み物を片手に私は部屋に戻ってきた。私が席を外してる間に嶺二が勉強を再開する気配もなく、漫画を読んでいたらしい。
「何読んでんの?」
覗き込むようにして、嶺二の横に座る。
ちょうど今嶺二が読んでいたのは少女漫画だ。私にしては珍しいジャンルだが、唯一好きでハマったもので思わず続きが気になって買って以来新刊が出る度に買い続けている。
「サラちゃんこういうのも読むんだね、意外」
「アタシをなんだと思ってんのさ」
なんていつもの軽い言い合いをしながら、嶺二がページをめくると、丁度盛り上がるシーンなのか、少女漫画のヒーローとヒロインのキスシーンが描かれていた。
無論、それを見た私達は少し気まずくなる。
だって、付き合い始めてからまだ一度もキスをしたことがないのだから。
もちろん、興味あるししたいなとは思ってはいたけど、言い出せるタイミングなんて無い。
さっきまで普通に会話していたのに沈黙が流れる。きっと嶺二も私も顔を赤くして黙っているからだ。おまけに私が漫画を覗き込むために距離を近づけたから、下手したら心臓の音もバレそうで怖い。
「……サラちゃん」
名前を呼ばれて思わず身構える。
目を合わせる彼の顔は、いつものおちゃらけた様子ではなく、真剣な表情で思わずドキッとしてしまう。
「……ぁ、っと……」
かと思えばすぐに目を泳がせてソワソワする。
なんなんだ、ドキドキさせるだけさせやがって。きっと私と考えることが一緒だろうし、こうやってウジウジされると私の性格上黙ってられなくなる。こういうとき、可愛い反応出来ればいいのにな、なんて考えちゃう。
「……嶺二は、したい? キス」
「質問系なのズルいよ、サラちゃんから言って」
「やだ、嶺二さっき言いそうなのに言わなかったじゃん」
「なんか、恥ずかしくなっちゃって」
「私だって恥ずかしいのに」
目を合わせて、向かい合って、話して。
それだけでだんだんそういう雰囲気になってきて、ずっと胸の高鳴りも抑えきれなくなる。
「……ぼくは、したいよ。サラちゃんと、キスしたい。サラちゃんはどう?」
「……私も、し、したい……です……」
「ふふ、かわいい」
「うるさい、からかわないで」
「からかってないよ、本心だもん」
震える手を、嶺二に握られる。
緊張してる時、思わず手が震えちゃうから、それで嶺二にバレバレなのが少し恥ずかしい。でも、目の前の嶺二もきっと私に負けないぐらい顔が赤い。
「じゃあ、目、瞑って?」
嶺二に言われたまま、目を瞑る。
目を瞑ると何も見えなくて、嶺二が今どんな状況なのかが分からなくて、いつキスされるのか、今見られてるのだとか、色々考えて余計ドキドキする。
少しずつ距離が縮まって、顔が近くなったと思ったその刹那。ちゅっ、と軽いリップ音がなって、柔らかい感覚が唇に触れた。
思わず目を開けると至近距離で嶺二と目が合って、その瞳に顔を赤くした私が映り込んでいるのすら見える。
「……ドキドキ、するね」
「……うん」
「……もう一回、してもいい?」
「いい、よ……」
そう言って、二回目のキスを続けてする。
今度は身体の距離も縮めて、軽く抱きしめられるようにして。嶺二の右手が私の頬に触れて、この仕草に恋人らしさを感じて更に心拍数が上がる。
なんてったって思春期真っ只中の年齢だ。
誰と誰がヤっただとか、あそこの二人はどこまでいっただとか、そういう話題だってある訳で、人並みで平凡な私達だってもちろん、興味だってある。
だから、きっと、もしかしたら。
なんて考えが、口には出さなくても、今私と嶺二の頭の中にあると思う。
「好きだよ、サラちゃん」
なんて、いつになく男前な表情で言われて。
そんな愛おしそうに見つめられて、クラクラしない私なんて居ない。でも、今こんなにも甘い雰囲気を漂わせているから、それを理由に普段なら言えないことだって言える。
「……私も、嶺二のこと好きだよ」
その言葉を合図に、また三度目のキスをしようもする。歯止めなんて効かないかのように。
だけど、ちょうどその瞬間だった。
「キャ〜〜!!」
そこまで大きくないけど、軽い悲鳴が部屋にまで聞こえてくる。その犯人を知っている私は思わず先ほどの甘い空気を破って思わず吹き出してしまった。
「えっ、今の声サラちゃんママだよね? 大丈夫なの?」
「あれ絶対パニック系の映画見てただそれにオーバーリアクションしてるだけだから大丈夫」
相変わらずの母のクセ強行動に笑ってしまい、嶺二も心配して損した〜! なんて一気に肩の力が抜ける。
「は〜ぁ、あほらし。うちのママ声でかすぎでしょ」
「家で映画見てる時いつもあんなんなの?」
「うん、そうだよ。最近ずっとそう」
いつも通りの会話に戻って、さっきまでの緊張が解けた。その流れで嶺二から距離を離し、いつも通りの流れでお菓子にありつこうとしたけど、距離を離す前に嶺二がすかさずほっぺにキスをしてきた。
「ね、またキスしてもいい?」
そうやって聞いてくるのはズルい。やっと心臓の高鳴りが収まったと思ったのに。
こういう時に末っ子らしく甘えたような仕草を出すのは本当に、余りにもずる賢いとは思う。きっと本人は計算のつもりではないんでしょうけど。
「い、いちいち聞かなくていいよ」
恥ずかしくて、その場を切り抜けたくてそんなことを言う。だけどそれから、私はこんな言葉を吐いたことをきっと後から後悔する。
なんてったって、それ以来嶺二がタイミングを見つけて不意打ちにキスをしてくるもんだから。
あの時勉強をサボらずにやっておけばこんな事にならなかったのかな、と思うと同時に、やっと嶺二とキス出来た嬉しさもあって、一人で勝手にジレンマを抱えた。