第八話

「お待たせしました。ブラックコーヒーでございます」
「あ、すみません。季節のフルーツパフェ一つお願いします」

コーヒーが到着すると同時に注文を済ませる。沖矢さんは、一言私に断りを入れつつカップに口をつけた。うん、律儀。THE☆大人の男性という印象だ。

表情こそ、そこまで変化はみられないものの、目元が少し緩んでいる様子からお目当てのコーヒーは美味しかったのだろう。うん、よかったね。

そんな感じで、手持ち無沙汰なせいで眺めていたのが良くなかったのかもしれない。不意に目が合った。

「あー……その、美味しいですか?」
「はい。来て良かったと思います」
「そうですか、それは何よりです。男性が見るからにアウェーな場所に来て、不味かったら最悪ですし」

なんとなく口を開くと会話が始まる。少し冗談交じりの言葉を出せば、沖矢さんも若干口元が笑みの形を作ってくれた。うーん、意外と話しやすいかもしれない……。そう思った時だ、不意に切り出されれる。

「所で……」
「?」
「貴女は漫画か或いは小説を書かれているのではないですか?」
「…………」
「先ほど、こちらの席に座る際。荷物を一旦膝の上に乗せてから足元の方へと移動させていました。その時、こちら側に少し見えたものですから。普通の方なら中々手に取らない本のタイトルの一部の文字や、紙の束が」

シャーロキアンはこれだから!!(120%の偏見)くっそ、何なんだ。この流れ。何回も繰り返しているじゃないですか。やだー。っていっても、全ての元凶はこのカバンにある。今度から外出時は絶対に中身が見えない物を使う。絶対にだ。

「……正解、です。個人の趣味の範囲……ではありますが、小説を書いています」
「なるほど、それは推理小説ですか?」
「はい、そうです」

疑問符がついていながら、絶対的な確信を持って尋ねるのはやめてほしい。シャーロキアンはこれだから!!(二回目)

ここで、一旦。沖矢さんはコーヒーで口を湿らせた。私はその隙に、丁度運ばれてきたフルーツパフェを口にする。うん、美味しい。あ、豪華なだけあってメロンも入ってる。しかもストロベリーアイスも凄くイイ。

暫くお互いが飲食に没頭する。少し気になって様子を伺っていると何やら考えている様子だ。何を考えているのかは気になる所ではあるものの、頭の良い人の考えることは分からない。なので、気にせず目の前のパフェに集中する。美味しいだけあって、ドンドン食べ進めていく。

パフェのグラスの半分まで食べた時だ。沖矢さんが声を掛けてきた。

「僕は東都大学の大学院生で工学部に在籍している沖矢昴と申します。それから、付け加えるとホームズシリーズが好きで集めたりもしているんです」
「?」

唐突に始まった自己紹介に首をかしげる。

「突然、こんなことを言われるとナンパに思われるかもしれませんが……。大学院生といっても暇でして、良ければその小説を読ませて頂けませんか? もしかすると、何かアドバイスが出来るかもしれませんし」
「えっ」

あれですか? 推理小説を書いているのが知られるや否や、読ませて下さいの流れになるのはこの世界ではお約束の流れという奴なのだろうか?

まさかのこの人に初対面で言われるとは思わなかった。けど……どうなんだろう。さっきのコナン相手ではルールがあるからキッパリと断ってしまったけど、沖矢昴の場合は果たしてどうなのか?

というか、コナンの時には主人公相手だからと気に入って貰えるか弱きでいたものの、悪魔の書に魅入られない人なんて居るだろうか? って、話が脱線してしまった。今は沖矢昴の方が肝心だ。

表向きは幾ら大学院生といえど、本来はFBIな訳であって忙しいのでは? いや、逆に今はFBIとして表だって動けないので時間はあるという事なのかな?

「ええと、その……取り敢えずなのですが、名乗って頂いたので私も自己紹介を。帝丹高校に在籍しております朧月 ヨルと申します。ところで沖矢さん、とても大事な事なのでお尋ねしますが……」
「はい」
「明日はお休みですか?」
「? えぇ、予定ではそうなっていますよ」

よろしい。ならば、私も決意を固めたいと思う。新たなる犠牲者を生み出す覚悟を。一歩間違えばこちらが逆にナンパをしているとも誤解されそうなセリフを相手に叩きつけながら、私はにっこりと笑顔を作る。恐らく、沼へとハマり手遅れになった瞬間に思い知ることになる悪魔の微笑みだ。

「分かりました。でしたら、お互い飲食を終えたら場所を移しましょう。ここだと長居は迷惑になりますから」
「そうですね」

そう気軽に沖矢さんは請け負った。ふ、ふふふふふふふふふふふ……。さて、一名様ご案内といきますか。原稿用紙の束を横目で確認すると、私はご機嫌でスプーンを握るのであった。