最近、真面目にお弁当をつくるようになった。

社会人になってすぐの時は、同僚たちと会社周りの美味しいカフェやレストランを発見しようとかいって色んな所でランチしていたが、今やほとんどの同僚は転職してしまった。思い出の残るこの場所で一人食べ終わり、ミルクティーをそっと飲みながら物思いに耽るとき、考える事は大体、私はこのままで良いのだろうか、という焦燥だ。

会社では中堅と呼ばれる立場となるまでは、それはもうバリバリ働いた。辛辣な言葉にも耐え、プレッシャーを感じながらも何とか仕事を頑張ってきた。だが、今になって振り返ってみればどうだろう。学生時代の友人は軒並み自分の幸せを見つけて結婚していくし、親は年老いていく。付き合っていた彼氏とは忙しさから自然消滅してしまった。
何か行動を起こさないと。だが何から始めよう?そう思い、うんうん考えているとグラスの氷が、からりと音をたてた。その時思いついた。先ずは料理だ。お弁当を作ろう。

お弁当を作るようになってから、変化した事が多々ある。何時もより早起きになったし、栄養バランスが整ったのか、体調が良くなった。お昼は会社の近くにある公園で食べるようになってからは季節の移ろいに気づくようになった。

公園デビューから少しすると余裕ができて、ここに来ているメンツも覚え始めた。中年のビール腹をこさえたふくよかな男性から、隈のひどいシュッとした男性まで、幅広いバリエーションである。

さて今日もお昼だ公園だ、そう思いいつものベンチにハンカチを敷き、座ると最近気づくようになった。そう、余裕ができたからこそ感じる、妙な視線だ。

あいつの弁当下手くそ〜とか…?正直、今日の卵焼きは少し焦がしてしまったけど…(味はおいしいよ)(バッチリです)などと思いながら、ひょいと口に運ぶ。うーんサイコー。グッドテイスト。バカなことを考えている間にも突き刺さる視線に、このままだと控えめに言っても私の背中が焼け焦げてドロドロになってしまいそうである。がしかしここでキョロキョロ周りを見渡すと怪しい人になってしまう…

そんな見られてたら食べづらくてしゃあないわいもうええわ、心にエセ関西人を憑依させながら立ち上がる。残りのお弁当は会社でいただこう。スマホを見ながら歩いていたが、ふと顔を上げれば隈のひどい男性とガッツリ目が合った。目を見開かれた。そんなに驚くこと無くない?地味にショックを受けた私だったが、彼は動転したようで手に持っていたコーヒーを倒してしまった。

「あっ……すみません!」
「えっ……大丈夫ですか!?」

急いでハンカチを取り出し、駆け寄る。少しスーツについてしまったようでビジネスバッグから拭くものを探している彼に差し出せば、ありがとうございます…と困り顔ではにかんだ。

「本当にありがとうございます…あの、すみませんお借りしたハンカチが、」
「いえ、いいんですよ。お役に立てて光栄です。」

こうして見てみると、隈がひどいけれどもハチャメチャに顔整ってるな…影のあるイケメンってこういう事なんですね…ぼんやりとしていれば、緑色の目がこちらを伺うように見つめていることに気がついた。しまった。

「えっと何か…?」
「いえ!失礼しました!お大事に!」

そう言って会社への道を急ぐ。幸い別方向にお互いの会社があったらしく、ほっと胸をなでおろした。後日、隈のひどい彼からお礼の品としてハンカチと紅茶のセットを頂いた。その日は彼は何故か、公園で食事せずにそそくさと立ち去っていったので首を傾げたが、家に帰ってプレゼントを開けてからその理由に気づいた。
彼の名刺が手書きの連絡先入りで同封されていたのだ。どうしよう。決心をするまでに、丸一日かかった。

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こうして独歩さんと交際を始めてから一年が経った。木枯らしが吹く今日、私の家で二人まったりしている。

「ねえ独歩さん、どうして最初あんなに驚いてたの?」

彼の膝に頭を載せながら問いかければ、気まずそうな声が降ってきた。

「はあ〜?そんなもん…表情コロコロ変わってクソ可愛いなと思ってた相手が急に目の前にいたら誰だって驚くだろ」

ビシリと固まった。私が。

「公園に来始めた頃は弁当食いながらたまにしかめっ面してたから、ああ今日は上手く行かなかったのかな…とか、美味しそうに食ってる時は嬉しそうだな天使だろと思って見ていたから…だから連絡来なかったら死ぬところだった」
「いやいや!大げさ!嘘!?」
「いや本当マジで…ハンカチ渡してくれた時も、急いでるから気づいてないみたいだったけど、これさっき尻に敷いてたやつだよなとか思ってめっちゃ使った…」
「ねえちょっとやめてごめんってほんとにそれ気づいてなかったあと使うって正規の使い方だよね!?」

彼は私を抱き上げると額にキスをして、とろりと笑んだ。緑色の目が甘やかな弧を描く。ああこれ別の使い道だ、本当に恥ずかしい、私、絶対顔が真っ赤だ。
彼の視線を受けながら、焦げてドロドロになってしまいそうだと切実に思った。