平和に行きましょう。
そのいち
沙良視点
閑古鳥と蝉の大合唱。旅館前に設けられた思ったよりも広い駐車場…というよりは、単なる敷地の開けた場所といった有様で、当然ながら他の車の往来などあるはずもない。
「うっわぁ…、田舎だ」
クラスの誰もが幾度となく呟いた感想が沙良の口から漏れた。事実確認というより、そのあまりにもな「何も無さ」にいっそ清々しさすら感じているのかもしれない。何せ、目的地に至るまでのローカル線、バスの中でも視界に入る物体の大半が自然物で占められている。
辛うじてアスファルトで舗装されている駐車場にあるのは、ぽつねんと孤独に立つ自動販売機ぐらいなものだ。色褪せて錆びる一歩手前のそれは時代と共に取り残されたような寂寥を思わせ、所々に立つ平凡な電柱や鉄塔諸共、良く言えばノスタルジックで、悪く言えば違和感を感じさせた。
唯一の道である山道を辿っても上に続くのは先の見えない薄ら寒い空虚さと、下に続くパノラマめいた田んぼとぽつぽつとした建物の群集がある程度だ。正しく絵に描いたような寒村である。
何故こんな場所にいるのか?という問い掛けには実に二ヶ月前に遡る必要がある。
元々この旅行は修学旅行として計画されていた。元の予定地もこんな何も無い寒村ではなく、学びと称して遊べることが出来る有名な某観光地だったのだ。だというのに、その観光地がある地域に未曾有の大災害がフルコンボで襲われ、宿泊ホテルどころか地域一帯に行くことも出来なくなり、学校側の判断が必要とされた。
その際の長ったらしい会議の結論が、学年ではなくクラス別で修学旅行を楽しもう、というものだった 。
今更修学旅行を中止にするのは生徒や保護者に面目が立たない上、今から数百人の受け入れ可能な別の観光地や宿泊ホテルを用意するのは現実的に非常に困難。そんな条件の中「なら、クラス別で分散させませんか?」というどこからともなく上がった鶴の一声により、頭を悩ませグロッキー状態だった担任たちはそれでいいか、とトントン拍子に思い付く観光地を用意し、恨みっこなしのくじ引きでどこに行くのかを決めたのだ。
その際、観光地の中でこのとびきり田舎で、とびきり何もなさそうな寒村「津野山村」を引き当てたとびきり不運の持ち主は、沙良のいる2-B担任、多々良教師であった。
幸いクラス替え直後の旅行であった為に新しい友人やグループでより親密になれると考えると、そうそう悪いことばかりではないのだが。
「おーい、荷物受け取ったら部屋割りごとに並べー。適当に二列でいいからな」
「集団行動だぞお前らぁ!」
集合を呼び掛ける担任と副担任の声に沙良は歩を進めた。正直に言えば沙良にとって担任の多々良は好きだが、副担任の多岐川は体育会系の性質ゆえに面倒臭い上に嫌いな人種だったりする。
前年から同じクラスになった中で特に仲の良い赤彦と十影は、宿泊する部屋ごとのグループに別れるため割合離れた位置にいる。狭いクラス内でのヒエラルキーにおいて宙ぶらりんとも言える沙良の立場は良くも悪くも八方美人なもので、適当に余った部屋割りでも特別不安はない。逆説、楽しみもあまりないのだが。
目前に見える古ぼけた木造の旅館は、失礼だがその外観からは想像も出来ない程丁寧に手入れされた庭園を抱えていた。玄関に屹立する大きな庭石に掘られた「いもや」という旅館の名らしき文字を横目に、同時にふと見つけた「それ」に沙良は小首を傾げた。
木陰で距離もあるため正確ではないが、人影を見つけたのだ。深くフードを被った人影と目が合った気がしたが、あちらもそう感じたのか、すぐに旅館の外柵の向こうへと姿を消した。
「兎山さーん、こっちこっちー!」
「あ、はーい!」
追い掛けてみようかと好奇心がもたげたが、同室のクラスメイトに声を掛けられた瞬間に人影のことは頭の片隅に仕舞われた。
旅館からの坂を下り視界の左右を埋める木々が晴れた時、眼前には牧歌的ともいえる田舎の村が再び目に入る。
「おすすめスポットとかありますか?」
十影の言葉ににこやかだった店主は少々大仰な仕草で考え込んだ。
「あんたら、今日いもやに来た子らやろ?町の子にとって面白いかは分からへんけどねぇ、やっぱり観光地ゆうたら山の神社やろか」
「あ、絹納神社?」
「あら、知っとったの。昔はパワースポットみたいなんで多少はあんたらみたいに若い子らも来てたんよ。小さいけど良い所よぉ」
早速買ったべっこう飴を頬張りながら相槌を打った沙良は「ほえー」と感心しているのかどつでもいいのか曖昧な声を上げる。
夜
「…でも火ぃ使うなら先生か寧々さん呼んだ方が良くない?」
そんな至極全うな問い掛けに、赤彦の隣にいた十影が吹き出した。敢えて赤彦が避けてきた部分に果敢に挑む姿勢は挑戦的だ。本人には一切悪気がない辺り、更にタチが悪い。
「いや、滝川がやってるからその近くでやったらバレないって」
「それなら別に素直に滝川の所に行けば良いんじゃないの?」
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