平和に行きましょう。
ようこそ
「初めまして、陸奥守吉行様。ようこそおいで下さいました」
はらり、と艶やかな黒髪が音もなく流れる。爪先まで揃えられ、慇懃に下げられた旋毛を見ながら陸奥守は「はて」と状況を把握しかねた。
周囲を見渡すと、ここは書院造の一室であった。百合が瑞々しく活けられてある以外、さほど物らしい物もなく、真新しい畳の独特の青み臭さがあることから、建造されて間もないのだろう。開け放たれた縁側から見える庭は整えられており、酷く美しい。涼しげな風と共に草木がざわめいては時折鳥の鳴き声も聞こえ、池からは稀に魚の跳ねる水音がした。遠目からでも数寄屋造りが見えたので、敷地は相当に広いのだろう。けれどこの場以外に何の気配もしない辺り、目の前にいる人物以外、誰もいないに違いない。
陸奥守が呆けている間に、深く頭を下げていた人間がようやくその顔を見せた。
黒髪に縁どられた娘が、伏せていた鋭い猫目を向ける。不健康な程に白い肌に黒髪と血色の良い唇が映え、ふと気を抜けば人形と見てしまう程に感情がないように思えた。質の良さそうな赤い着物もあり、どこぞの姫と言われても違和感など無い。むしろその方がまだ納得も出来た。
しかし、陸奥守には事実とも言える確信があった。
「おんしゃ、わしの主か?」
その問に娘はほんの僅かに硬直し、それからしっかりと頷いた。
「はい。私が、貴方様を呼び出した審神者、という者でございます」
「さにわ…。それがおんしの名前がか」
「いいえ。審神者とは役職の名称。私は上からの判断により、貴方様に名を明かす事は出来ないのです」
「名前がないとはちと厄介じゃな」
「お好きにお呼び下さいませ、陸奥守様」
「吉行でよか」
「では、吉行様と呼ばさせて頂きます」
「頑なじゃのう、おんしゃあ」
あくまで様付けは譲らないらしい審神者と名乗った娘は、陸奥守の呆れた様子に固かった表情を崩して笑んだ。どうやら多少の緊張も解れたらしいが、見た目によらず強かそうである。
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