マグノリアの丘



鬱蒼と生え茂る名も知らない草花掻き分けながら、月明かりだけを頼りにひたすら前へ進む。酒場で飲んだ冷たいラム酒のせいで体が少し冷えている。仄かに冷たい春の風に吹かれて少し身震いした。いつも、いつも、毎回そうだ。なんだってみんなおれに頼むのか。保護者かなんかと思われているのか。酔ってふらりといなくなる女を連れ戻す係なんて、おれじゃなくてもいいだろ。ゆるゆる続く傾斜と体内のアルコールが、背中にうっすら汗を作っていくのが不快で堪らない。こうして悪態を吐きながらも探しに行ってしまう自分にもうんざりする。端的に言ってめんどくさい。
 
―あいつを見つけ出すのが得意だろ?頼むよ、マルコ。
 
申し訳なさそうに頼むイゾウの顔を思い出したら、なんとも形容しがたいもやもやが心に広がった。そろそろ付き合いも長くなってきてるせいか、最近ではどうやってお願いすれば聞き入れてもらえるかわかってきているらしい。
特に、彼女絡みの頼み事。
弱みを握られているみたいで、なんだか負けたみたいで、やっぱりめんどくさい。負けたみたいというか、もう負けだろ。たった一言「マルコに見つけてもらう方が嬉しそうだからな」という真偽不明の言葉に、結局踊らされて探しに来てしまってるのだから。
 

「……この島にこんな場所があったのか」

黒く果てまで広がる海と、同じく黒く広がる空。船が停泊している反対側。町の外れにある小さな森を抜けると、そこは小高い丘になっていた。

「そんな薄着だと風邪ひくよい」
「風邪引いたらお酒で消毒するからだいじょーぶ」

こちらに背を向け、海を呆然と眺めながら答える彼女は、こちらを振り向きもしない。

「なにオヤジみたいな事言ってんだ、泣きついてきても診てやんねェぞ」

半ば呆れ気味でおれが言うと、ようやくこちらを見る気になったらしい。緩慢な動きで振り返った赤ら顔のそいつは、ふにゃりと力無い笑顔を浮かべた。周囲に置かれている酒瓶は一本。今日はそこまで飲んでいない事がわかって、少しだけ安堵。
  
「そこの木に咲いてる花が綺麗で見に来た」
 
相変わらず赤ら顔の彼女が指差すのは、やっと見つけた酔っ払いに呆れながらも、ほっと胸を撫で下ろす自分の後ろで黒々と広がる木の群生。来る時には全く気が付かなかったけれど、どうやら花を咲かせているらしかった。

「⋯⋯全部閉じてねェか?」
「そうなんだよね、夜には閉じちゃうみたい」

ここから見える白い花はどれも一様に、天を仰いだ状態で大きな花弁を閉ざしている。彼女は手に持ってた酒瓶の中身をぐびぐび飲み干しながら、昼間は綺麗に咲いてたのにと残念そうにぼやく。

「別に明日の昼見りゃいい」
「夜に見たかったの! 夜咲いてたら綺麗だろうなぁって」
「花なんかいつ見ても変わらねェだろい」

マルコはわかってないなぁ。そんなんじゃモテないよなどと言う彼女を睨むが、多分何一つ響かないだろう。

「うるせェ、余計なお世話だ」
「あー!今の顰めっ面はかっこいいかも!」
「⋯⋯馬鹿な事言ってねェで船に戻るよい」

ため息混じりに言えば、目の前の酔っ払いは間延びした返事をしてからゆっくり立ち上がり、相変わらず緩慢な動きで歩き出した。

黒く暗く広がる海の波音と、黒色の空に光る星と、月光を浴びる様に咲く香しい白い花を想像する。
確かに綺麗だ。
少しだけ自分も見てみたいなと思いながら、ふらつく彼女の手首を掴んで船を目指す。





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