「なぁんで避けるかねぇ、ガキじゃあるめェし」
そう言うとサッチはジョッキの中の酒を飲み干した。ゆるゆると吹き抜ける潮風が冷たい。船は秋島の海域に入ってるらしい。昼間は暖かく過ごしやすいけれど、陽が沈むと半袖で過ごすには寒い気温まで下がる。海上だと特にその差を感じるような気がする。これのせいで何人かは風邪をひいて泣きついてくるから困ったものだ。しかも原因は、甲板で酒盛りをして、そのまま酔い潰れて寝入ってしまったから。その結果、いい加減にしろ自業自得だ禁酒だとおれに言われてさらに泣くことになる。いい歳した野郎が泣くな、どう考えても自業自得だろ。
「うるせェよい、余計なお世話だ」
陽が沈む前に始まった宴は何がきっかけだったか、四番隊のやつが誕生日だとか言ってたんだったか。何かと理由をつけて酒を飲もうとする奴らだ、それが本当かどうかは定かでない。横から飛んでくるお節介にため息を吐きながら酒を煽れば、頭がぐわんと揺れたような気がした。
「おっさんが頬っぺた膨らませてもかわいくねェよ」
鼻で笑うサッチになんとなく腹を立てて無視を決め込む。そんな大人気ないおれから少し離れた場所にいる渦中の彼女は、何やらエースと楽しげに喋っているらしい。それにさえも苛立つおれ自身は、一体どうしたいのか。意を決してストレートに好きだと思いを伝えてきた彼女と。情けないことに「そりゃ嬉しい」としか返せなかったくせに。あの告白から二ヶ月経っても何もできないでいる自分は、一体どうなりたいのだろう。
「青臭いことしてんなぁ」
そう言って笑うサッチを無視してジョッキの中を飲み干すと、やはり頭がぐらつく。そろそろ酔いがいい加減に回ってきているようだ。返す言葉が出てこなくて天を仰げば、いつの間にか昇った月が光っていた。
「すき」
その場に似つかわしくない言葉が聞こえて、包帯を巻いていた手が止まってしまう。やけに静まり返っているせいで、甲板で戦闘後の処理に追われているやつらの声がいつもより反響して聞こえてくる医務室。戦闘員ではない彼女が怪我したのは、慌てて逃げる際に足首を捻挫してしまったという理由らしい。手は止めたままで、ゆっくり顔を上げれば、おれの治療を受けていた彼女が真っ直ぐこちらを見ていた。
「……は?」
「好きです、マルコ隊長」
どうやら聞き間違いではなかったみたいだ。数週間前、お気に入りの髪飾りを失くしたと落ち込むナースに、買い出しついで新しい髪飾りを買って渡したら「すごく嬉しい!ありがとうございます!マルコ隊長大好き!」と言われた。三日前、夜中のつまみ食いがバレて一週間甲板掃除の刑を言い渡されたエースが、しょぼくれながら掃除していたので手伝うと「マルコはやさしいな!すきだー!」なんて抱きついてきた。
そのどれとも違う、好き。今、言われてる好きはそういう好きではない、多分。海賊なんてやってると、なかなか縁遠くなってしまうから忘れかけていた感情。彼女の瞳の奥で静かに揺れる気持ち、少しだけ赤く染まる頬、全身を巡る血が逆巻くような感覚。
一瞬で脳内を色んな事が過る。
なんと答えるのが正解か。どう答えれば彼女を傷つけないで済むか。どうやってここを切り抜ければ丸く収まるか。
「そうか、そりゃ嬉しい」
情けない。
どうかこの場に誰も来ませんように。このやりとりを誰も聞いていませんように。この願い自体、腹立たしいくらいに情けないな。そんなおれの煮え切らない答えを聞いた彼女は、その後何か言うでもなく無言で治療を受け、最後にぽつりと「ありがとうございます」とだけ言って部屋を出て行った。
「今さら何を話せってんだ」
何もしないどころか、なんとなく彼女を避けてしまってから思いのほか月日が経ってしまった。もう二ヶ月も前か。
「別に愛を語り合えだとか、そんな難しい話じゃねェよ。なんか適当にあるだろ」
適当に。それが出来たらとっくにやっている。出来ないから今こうして甲板の端でおっさんと二人ぐだぐだしている。そして、エースと楽しそうに喋ってるのを見て拗ねている。これじゃぁ、本当にガキみてェだ。わざとらしく溜め息を吐きながら立ち上がったおれに「よっ! がんばれ大将っ!」と煽るサッチを睨んでも、ヘラヘラされるだけで効き目はない。これだから酔っ払いは。
そのままずかずかと騒ぐ兄弟の間をお構い無しに進み、相変わらず楽しげに話す二人の前に立てば、エースが能天気に「よぉ!マルコ!」と赤ら顔で声をかけてくる。それを近くで見ていたビスタとイゾウが、何かを察してこっちに来いとエースを呼んだ。
「どうしました? マルコ隊長」
「隣、いいか」
「……どうぞ」
今更何を話そう。座ってから考えるなんて遅いな。話すこと考えてから隣を陣取ればよかった。
あぁ、そうだ。
「今日は月が綺麗だな」