運命だとか、神様だとか、そういった類のものは信じていない。信じてはいないが、やたらとタイミングがいい奴だとか、そういったものを一瞬でも信じてしまいそうになるくらいラッキーな奴はいる。自分はそんな神懸り的なものこそないものの、基本的にツイてる方だと思う。全てが思い通りにいってハッピーエンドという訳にもいかないけれど、それでも大抵の事はどうにかなって今まできているのだから運はいい方だ。しかし、やはり完全ではないからツイてないタイミングや、運の悪い日というのは訪れてしまう。
「っしゃあ! おれの勝ちだ!」
ニィっと笑いながら「はい、一万ベリー」と目の前の男は右手を出した。
「この馬鹿力め」
「あったりめぇよ! 毎日重たい鉄のフライパン振るってんだぜ? コック舐めんなよ? 一番隊隊長さん」
目の前の差し出された手に、半ば八つ当たりに近い気持ちで叩きつけてお金を渡すと「まいどあり!」とサッチは言った。
「美人なねーちゃんと遊ぼうと思ってたのに……最悪だよい」
「残念だったな! 代わりに遊んどいてやるわ!」
今日は、ツイてない日だ。久しぶりの上陸だから酒場で飲んで、その後は一晩一緒に過ごすためのねーちゃんでも探そうかと思ってたのに。サッチに申し込まれた腕相撲を断ればよかった。ここでちょっとばかり金を稼いで、いつもよりちょっとだけお高いお店の綺麗なお姉様方に相手してもらおうなんて欲を出さなければよかった。時間が経てば経つほど出てくるのは、後悔と負けた自分に対する恨みつらみだけである。
「ハァ……おれァ船戻る」
「もう飲まないのか?」
珍しいな、と続けるイゾウに対して返事もせず飲み代を渡して店を出ると、少しだけ冷えを含んだ風が肌を掠めていく。
ここは秋島、昼間こそ暑いけれど夜になると肌寒い。
肩を落としながら戻った船は、いつも騒がしいのに上陸中ということもあって静かだ。何人か見張りだったり船の修繕などの雑務で残ってるくらいで、だいたいは街に繰り出してそれぞれ思い思いに過ごしている。
「マルコ隊長……? もうお戻りですか?」
理由は知らないが、居残り組の一人なのだろう。甲板でぼーっと座り込んでた女は自分の存在に気付くと、イゾウと同じように珍しいですねと言った。
「サッチに腕相撲負けてお金巻き上げられたんでね。今から不貞寝だよい」
「マルコ隊長も不貞寝なんてするんですね、意外」
雑用係の中でも数少ない女の一人。何故だか気が合うらしいイゾウが、何かと構って妹のように可愛がるその女はクスクス笑う。
「するさ、不貞寝の一つや二つ。十六番隊の隊長さんと賭けで負けた時もふて寝した」
「それはマルコ隊長が悪いですよ。あの人賭け強いもん」
「それより一人で何してんだ?」
「月見酒ですよ、今日は月が綺麗だから」
ご一緒にどうですか、と誘ってくれたので二の返事で誘いに乗ることにした。少しだけ軽やかになった足取りで彼女の横まで行き、腰を下ろすとお酒で満たされた盃を渡されたので有り難く受け取る。
「街には行かねェのか?」
「昼に行きましたよ。イゾウ隊長に服を選んでもらいたくて。あ、そうだ! すごい可愛いワンピース買ってもらっちゃったんですよー!」
目の前にいる赤ら顔の彼女はえへへと幸せそうに笑っているが、聞いてるこっちは全然楽しくない。
「そうかい。それはよかったな」
「本当に可愛いんですよ! さすがイゾウ隊長。まさか買ってもらえるとは思わなかったなぁ」
今日はツイてない日だと酒場を後にして、船に戻れば気になってた女の子から一緒にお酒飲もうと誘われてツイてるなと思ってたけど、やっぱりツイてない日なのかもしれない。この後も次々と繰り出されるイゾウ隊長エピソードはとどまることを知らず、酒が進めば進む程に増えた。そんなにイゾウが好きか。いや、好きなのは知っている。まぁ、自分を可愛がってくれる兄貴分を嫌うやつなんていないだろう。本当に今日はツイてない。
「そんなにイゾウが好きなら本人にそう言えばいいじゃねェか」
「えっ?」
言ってから少し後悔。なんだか今日は後悔ばかりだ。
「イゾウ隊長のこと好きだけど、なんか改めて言うのは恥ずかしいな……」
もちろん兄貴分として尊敬してますし! 兄貴分というか本当のお兄ちゃんみたいだなって! だからすごく大切で!なんて、しどろもどろに話す姿を見て更に後悔。彼女がイゾウに対して抱く感情は、俺が彼女に対して抱く感情とは全く違うなんてわかっている。純粋に一緒の船に乗る仲間として。実の兄みたいに。ずっと見てきたんだ。そんなことは誰よりもわかっているつもりだ。血の繋がりなんて関係なく可愛がってくれるイゾウを、どれだけ大切に想ってるか。向こうも同じように仲間であり、妹のような存在である彼女を大切に想っている。そう、これはなんとも醜い嫉妬から生まれた大人気ない八つ当たり。
「そ、そうだ! せっかくだから見て下さい! ほんとに可愛いワンピースだから!」
「あ、おいっ!」
色々考え込んだせいで重苦しい空気になってしまったのを察知したらしく、流れを変えるために高らかと宣言した彼女は制止する間もなく走り去った。年下の女の子に気を使わせてしまうなんて、情けないことこの上ない。サッチあたりが知ったら二週間はネタにされる。
しばらく自分の女々しさに呆れて項垂れていると、彼女は息を切らしながら戻ってきた。
「ね? どうですか? このワンピース可愛いでしょ?」
海と同じ色した紺色のワンピースに身を包む彼女は、くるくる回りながら幸せそうに笑う。
「……可愛いな」
俺のその言葉を聞いて、より一層幸せそうに笑った。その後ろで爛々と、大きな月が輝く。月光を背にステップを踏む彼女の姿は、小さい頃絵本で見た月の妖精みたいだなとぼんやり思った。
「わーい! よかったー! イゾウ隊長がマルコ隊長はこういうのも好きだって教えてくれ……て」
「……は?」
「あ、えーと、あの、い、今のは忘れて下さい! ちょっと着替えてきます!」
「待て」
咄嗟に、お酒と羞恥心で鎖骨から上が真っ赤な彼女の手首を掴んで引き止める。
「今なんて言った?」
「……ちょっと着替えてきます」
「その前だ」
「い、今のは忘れて下さい」
「その前のセリフだよい。お前わざと言ってるだろそれ」
「忘れてって言ったじゃないですか! もう! 意地悪! イゾウ隊長が! マルコ隊長の服の好みを教えてくれたんです! だからせっかく二人きりだし見せようと思って! なんかごめんなさい!」
今日はツイてない日だった。サッチには腕相撲に負けるし、賭けてたせいでお金は巻き上げられるし、不貞腐れて船に戻ったら好きな子に飲みに誘われてラッキーと思ったら違う男の話をグダグダ聞かされるし、全くもってツイてない日だった。
「なんで、おれの好みの服を」
「なんで? 今この状態で聞きますか! もう着替える! なんでかは言わない! 手を放して下さい!」
ツイてないばかりだったんだから、そろそろ帳尻を合わせる必要があるだろ。
「なんでか教えてくれねェのか」
「教えない! 絶対! なにがあっても! だからはなして!」
「……へぇ、何があっても」
基本的にはツイている方なんだ。だからどんなに嫌なことがあっても、最終的にはなんだかんだ上手くいって今まできた。災い転じて福となすというワノ国の言葉を、イゾウから聞いたことがあったのは随分前だったな。
「逃すわけねェだろい」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ目の前の女を睨むように見つめて、ぐいと力を入れて自分の方に抱き寄せた。